
―組織と医療現場に潜む“善意の暴力”―
私たちは日々、「正しさ」を拠りどころに生きています。倫理的に正しいこと、科学的に正しいこと、組織として正しいこと。正しさは社会を支える基盤です。しかし、その“正しさ”が、ときに人を深く傷つけることがあります。特に組織や医療現場のように「正確さ」「合理性」「規範」が強く求められる場面では、その傾向が顕著になります。前回ご紹介いたしました名著「影響力の武器」においても、私たちが「自分は正しい」と思うときほど、他者への配慮が抜け落ちやすいことを示唆しています。

1.組織における「正しさ」の暴走
組織にはルールがあります。手順があります。評価基準があります。それらは本来、効率や公平性を担保するためのものです。しかし、組織が大きくなればなるほど、「目的」よりも「手段」が優先される現象が起こります。
例えば、ある職員が利用者の事情をくんで柔軟な対応をしようとしたとします。しかし上司から「前例がない」「規則違反になる」「全体の公平性が崩れる」と指摘される。理屈としては正しい。けれど、その結果、目の前の一人の困りごとは放置されることになる。
ここで起きているのは、「組織としての正しさ」が「個人の現実」を覆い隠してしまう現象です。誰も悪意はありません。むしろ皆、組織を守ろうとしている。しかし、その善意が、当事者にとっては冷たい壁になるのです。
さらに問題なのは、組織内で“正しさ”が同調圧力として機能し始めることです。「それはおかしいのではないか」と感じていても、「みんながそう言っているから」と沈黙してしまう。この沈黙が積み重なると、正しさは検証されなくなり、やがて絶対視されます。

2.医療現場における「科学的正しさ」と患者の心
医療は科学です。エビデンスに基づく判断は不可欠です。しかし、ここにも落とし穴があります。
医師が「この治療が医学的に最善です」と説明する。数値もデータも揃っている。理論的には非の打ち所がない。けれど患者は、別の不安や生活背景を抱えているかもしれません。副作用への恐怖、家族の事情、経済的負担、仕事への影響。
医師の説明は正しい。しかし、患者の心に寄り添っていないとき、その“正しさ”は圧力になります。患者は「納得」ではなく「服従」に近い形で同意してしまうこともあります。
ここで思い出したいのは、心理学者のカール・ロジャーズが提唱した「無条件の肯定的関心」という概念です。相手を評価せず、まず理解しようとする姿勢。それがなければ、どれほど正確な説明も、心には届きません。
医療現場ではしばしば「正しい説明をしたかどうか」が重視されます。しかし本当に問うべきは、「相手が理解できたか」「安心できたか」「尊重されたと感じたか」ではないでしょうか。

3.「正しさ」はなぜ攻撃性を帯びるのか
人は、自分の信じる正しさが否定されると、強い不安を感じます。その不安を打ち消すために、さらに正しさを主張します。ここに“善意の攻撃性”が生まれます。
組織会議での一言――
「それは理屈に合わない」
「感情論だ」
「エビデンスがない」
これらは一見、合理的な発言です。しかし、その言葉の裏に「あなたは間違っている」というメッセージが含まれているとき、対話は閉じます。
特に医療や専門職の世界では、専門知識が権威になります。権威は必要ですが、それが“絶対性”を帯びると、相手の発言を無意識に矮小化してしまう危険があります。

4.正しさよりも「関係性」
では、正しさを捨てるべきなのでしょうか。もちろん違います。問題は正しさそのものではなく、それをどう扱うかです。
組織においては、「ルールは何のためにあるのか」を定期的に問い直すことが必要です。ルールは目的ではなく手段です。例外を認めることが“崩壊”ではなく“成熟”につながる場合もあります。
医療現場では、「説明の正確さ」だけでなく、「対話の質」を評価する文化が求められます。患者が本音を言える空気をつくること。沈黙を急がないこと。「それでも不安ですよね」と言える余白を持つこと。
正しさは論理の言葉です。しかし、人は論理だけでは動きません。人は関係性の中で安心し、判断し、納得します。

5.「正しさ」に余白を持つ勇気
私たちは、自分が正しいと感じた瞬間に、一度立ち止まる必要があります。
「この正しさは、誰かを追い詰めていないだろうか」
「私は相手を理解しようとしているだろうか」
組織でも医療でも、最も大切なのは“信頼”です。信頼は、論破では生まれません。信頼は、尊重から生まれます。
正しさを振りかざすことは簡単です。データや規則を示せばよい。しかし、正しさを持ちながらも、相手の立場に耳を傾けることは、はるかに難しい。
それでも、そこにこそ成熟があります。

「私は正しい」と言う代わりに、
「私はこう考えています。あなたはどう思いますか」と言える組織。
「これが最善です」と断言する前に、
「あなたにとっての最善は何でしょうか」と問いかけられる医療。
正しさに余白を持つ勇気。それが、これからの組織と医療に求められる姿勢ではないでしょうか。
正しさは社会を支えます。しかし、関係性は社会を温めます。
その両立こそが、私たちの課題なのだと思います。

