ー「知り添う」という事の深堀ー

私たちは昨年、「知り添う」という言葉を新たに掲げ、イベントや活動の中で使ってきました。「知る」と「寄り添う」を重ね合わせたこの言葉(造語)には、単なる理解や共感を超えた姿勢を込めています。ただ情報を知るだけでもなく、感情的に寄り添うだけでもない。相手の状況や背景を学び続けながら、その人のそばに立とうとする態度。それが「知り添う」だと、私は考えています。(それゆえ、ライフ・トレーシング・マップ®の何らかの方法による社会実装が求められています。)

一方で、この言葉もまた、とても抽象的です。意味としては納得できても、「では具体的にどうするのか」と問われると、答えに詰まることがあります。知り添うとは行為なのか、姿勢なのか、能力なのか。その輪郭は、まだはっきりと定まっていません。

そんな中で、私はある四文字熟語の存在を思い出しました。「縦横無尽」です。以前から好きな言葉ではありましたが、使いどころが難しく、文章の中で眠らせてきた言葉でもあります。しかし、「知り添う」という概念を考え続ける中で、この二つの言葉が思いがけず結びつきました。

縦横無尽とは、縦にも横にも、制約なく自由に広がるさまを表します。この言葉は、走る、飛ぶ、展開するといった動きとともに使われることが多く、もともと非常に動的な表現です。ここで重要なのは、「縦横無尽」は状態ではなく、運動の途中を描写する言葉だという点です。

知り添うことも、実は同じではないでしょうか。知り添うとは、ある地点に到達することではなく、相手との間を行き来し続けるプロセスです。一度理解したと思っても、状況は変わり、気持ちは揺れ、前提は更新されます。そのたびに、私たちはまた学び、考え、立ち位置を調整し直す必要があります。

この「行き来する」という感覚こそが、縦横無尽に思考を巡らせることと深く重なります。

知り添うための思考は、一直線では足りません。例えば、病気を抱える人に向き合うとき、医学的な知識だけでは不十分です。同時に、その人の生活、家族関係、仕事、年齢、価値観、そして社会制度まで視野に入れる必要があります。さらに、当事者の言葉と専門家の言葉が必ずしも一致しない場面もあります。そこでは、どちらかに寄るのではなく、両方の間を往復する思考が求められます。

ここで必要なのが、縦横無尽さです。
縦に時間軸を行き来し、横に立場や分野を行き交う。
過去の経緯と現在の困難を結び、個人の感情と社会の構造を並べて考える。
その往復運動の中でこそ、「知り添う」という姿勢は現実味を帯びてきます。

重要なのは、縦横無尽に思考を巡らせることが、決して「何でもあり」ではないという点です。むしろ、相手に雑に近づかないための慎重さでもあります。一つの視点だけで理解したつもりになることは、とても危うい。早合点や善意の押しつけは、往々にして「寄り添っているつもり」の暴力になります。

だからこそ、知り添うためには、あえて思考を動かし続ける必要があります。「本当にそうだろうか」「別の見え方はないだろうか」と問い直し、視点を切り替え、立ち止まり、また進む。その動きが止まった瞬間、知り添うことは形骸化してしまいます。

縦横無尽という言葉を、私は次第に「思考の姿勢を点検する言葉」として捉えるようになりました。今の自分は、楽な一本の道だけを進んでいないか。都合の良い理解に留まっていないか。知り添っているつもりで、実は思考を止めていないか。そうした問いを、この言葉は静かに突きつけてきます。

また、縦横無尽に思考を巡らせることは、自分自身を守ることにもつながります。知り添う活動は、ときに感情的な負荷を伴います。相手の苦しさに触れ続ける中で、心がすり減ることもあるでしょう。そんなとき、視点を一つに固定してしまうと、逃げ場がなくなります。複数の視座を持ち、行き来できることは、思考の柔軟性であると同時に、健全さでもあります。

知り添うとは、誰かの人生を背負うことではありません。理解しようとし続けること、考え続けること、その姿勢を手放さないことです。そしてそのためには、思考が自由に動ける余白が不可欠です。縦横無尽に思考を巡らせるという態度は、その余白を守るための言葉なのだと思います。

これから「知り添う」という言葉を使うとき、私はその背後に、この四文字熟語をそっと置いておきたいと考えています。知り添うために、思考を止めない。知り添うために、行き来をやめない。その姿勢を言葉として可視化するなら、「縦横無尽に思考を巡らせる」という表現は、ひとつの有効な手がかりになるはずです。

縦横無尽という言葉が、単なる勢いのある修辞ではなく、知り添うための内的な指針として息づき始めたとき、ようやくこの言葉は自然に使えるようになるのだと思います。言葉を使うのではなく、言葉に姿勢を問われる。その関係性こそが、今の私にはしっくり来ています。