
非営利団体が「集団カラー」として不健全化していく心理学的背景
―個人関係では問題がないのに、複数になると不和や中傷が噴出するメカニズム―
非営利団体において、個人同士の関係では問題がないにもかかわらず、2~3人以上の集団になると途端に中傷や不満が噴き出し、「同調圧力だけで存続する不健全な組織」へと変質していく現象は、多くの現場で見られます。この現象には、社会心理学・組織心理学・進化心理学など複数の視点が複雑に絡み合っています。私の企業人経験も含めて考えてみたいと思います。

■1. 非営利団体は「曖昧な権力構造」が生まれやすい
企業は明確な役職・責任・評価指標があり、それに基づいて役割が決まります。しかし多くの非営利団体では、理念先行でスタートしやすく、
「誰がどこまで決定権を持つのか」
「誰が責任を引き受けるのか」
が曖昧なまま運営される傾向があります。
この曖昧性は、組織心理学では「構造の未分化」と呼ばれ、次の問題を引き起こします。
- メンバーが自分の影響力を測れない
- 誰が最終責任者か不明
- 役割が被りやすく摩擦が生まれる
- “発言が大きい人”が非公式リーダー化する
- その非公式リーダーを軸とした小さな派閥が生まれる
つまり、公式な役職より、
「声の大きさ」「感情の強さ」「年齢」「長く居ること」が権力化するのです。
この“非公式権力”が複数並立すると、必然的に小競り合いが起こり、集団が不健全化していきます。

■2. 個人では問題なくても、複数になると衝突する理由
①「バウンダリー(境界線)」が崩れる
2人では互いの性格・価値観が直接見えるため、その都度調整ができます。しかし人数が増えると、
- 誰の意見に合わせたら良いのか
- 自分がどの立ち位置にいるべきか
- どこまで発言して良いのかが曖昧になり、“自分の心の領域(バウンダリー)”を守れないストレスが生じます。
人は境界線が不安定になると、不安を解消するために攻撃・支配・回避・迎合などの行動を取りやすくなります。
これが小グループでの中傷や攻撃性の増加につながります。

②「部分的役割アイデンティティ」が発動する
人は複数で集まると、“自分の役割を誇示したい欲求”が無意識に働きます。
たとえば、
- 「私は経験者だ」
- 「私は中心メンバーだ」
- 「私は団体の理念をよく理解している」
- 「私は裏方をずっとやってきた」
といった“役割アイデンティティの争い”が始まります。
これは、企業であれば職位や職務で自然に固定されますが、非営利団体では曖昧なため、無自覚に“ポジション争い”が起こるのです。

③「インフォーマル・グループ(非公式集団)」が固着する
非営利団体では、仕事の成果ではなく、情緒的な親しさ、価値観の近さ、好き嫌いでグループが形成されます。
この“好き嫌いの集団”が強くなると、
- 中傷が正当化される
- 内部批判がメンバー間で共有されて結束感になる
- 反対意見を言いにくい雰囲気が生まれる
という現象が起こります。いわば、敵をつくることで味方を強める集団になってしまうのです。
これは心理学でいう「内集団バイアス」「外集団敵視」の典型です。

■3. 「個人の性格」が問題ではなく、「構造」が問題
一般的に、個人では全く問題がなくても、“集団になると急におかしくなる”のは、その団体の構造・文化に原因があります。
心理学ではこれを構造的ストレス(organizational stress)と呼び、次の条件で強まります。
- 責任の所在が曖昧である
- 目標が定量化されていない
- 評価が理念ベースである
- 非公式の力関係に左右される
- メンバーの入れ替わりが少ない
- 権力の流動性がない
- リーダーが調整役に徹していない
これらの条件が揃うと、自然と「誰かを悪者にしてバランスを取る」という集団心理が働きます。

■4. 非営利団体特有の“病理”
①「理念」が攻撃の武器になる
企業では理念と実利のバランスが重要ですが、非営利団体は理念が絶対化しやすい傾向にあります。
その結果、
- 「あなたは理念を理解していない」
- 「あなたの考えは団体の方向性と違う」
- 「私たちの活動の本質がわかっていない」
など、正義感を使った攻撃が生まれます。
これは「モラル・ハラスメントの共同体版」と言えます。
②“無償性”が自己犠牲と承認欲求を増幅する
非営利団体では、奉仕を前提に活動するため、人は以下のように感じやすくなります。
- “こんなに頑張っているのに認められない”
- “自分だけが負担している”
- “あの人は何もやっていない”
無償の善意が、
承認欲求と不満の温床
になってしまうのです。
しかも金銭報酬がないため、評価が曖昧で、“善意を競う構造”が生まれやすく、不健全化を助長します。

■5. 「同調」で維持される非健全な組織のからくり
よくある現象ですが、
「うんうん」と同調意識が先行し、団体としては存続していく
これは集団心理学でいう同調的安定(conformity stability)です。
外形的には平和ですが、実態は次のような構造で維持されています。
- 反対意見を言う人が排除される
- 問題を指摘する人が“厄介者”になる
- 多数派の価値観が絶対化する
- 意思決定は常に「空気」で決まる
- 誰も責任をとらないため団体だけは存続する
つまり、問題解決は行われず、同調だけが残る文化ができあがり、外から見ると正常に見えるが内部では腐敗が進んでいくという状態です。

■6. なぜ“健全化”に向かわないのか?
①「目的より維持が優先」するから
非営利団体は本来、“目的達成のための手段としての組織”であるべきですが、多くの場合、
「組織が続くこと」が目的化する
という倒錯が起こります。
②“変化を起こす人”が排除される
改革を提案する人は脅威として扱われ、
- 孤立
- 無視
- 陰口
されやすくなります。
非営利団体では特に、改革=善意や理念の否定と解釈されるため、抵抗が強くなります。ご経験をされた方も多いと思います。

■7. なぜそうした団体が「量産」されていくのか
理由はシンプルで、社会心理学的には次の3点に集約されます。
- 曖昧な組織ほど、居心地が良く“見える”(自由度が高い)
- リーダーの力量不足を組織構造が隠してくれる
- 問題を指摘すると排除されるため、誰も声をあげなくなる
結果として、
個人は優しい
→ 集団は攻撃的
→ 組織は変わらないまま存続する
という悪循環が延々と再生産されます。

■8. まとめ:集団は必ず“色”を持ち、構造が色を決める
非営利団体が“特有の集団カラー”を帯びていくのは、個人の問題ではなく、構造と文化の問題です。
●集団が歪むのは
- 曖昧な権力構造
- 非公式な派閥
- 理念の武器化
- バウンダリーの崩壊
- 同調圧力
- 承認欲求の暴走
- 善意の競争
などが積み重なるためです。
●そして、非営利団体の多くは
- 問題の指摘が“敵意”に変換され
- 改善が進まず
- 団体の存続だけが優先され
- 不健全なまま続く
という構造に陥ります。
