連鎖を断ち切る勇気
「私は親のようにはならない」。
そう心に誓ったはずなのに、いざ自分が親の立場になったとき、ふとした瞬間に、自分がかつて傷ついた言葉や行動を、同じように子どもに向けてしまった――。
そんな自責の念にかられたことがある方は、決して少なくないかもしれません。

親から受けた「育てられ方」は、知らず知らずのうちに、私たちの中に深く根づいています。そしてその影響は、次世代への「育て方」として表出することがあります。とりわけ、それが虐待やネグレクトといった、苦しみを伴うものであった場合、その影響はなおさら深く、見えないかたちで人生を支配することすらあります。

一連の親と子の関係についての考察の中で、「育てられ方」と「育て方」のつながりについて掘り下げながら、それでもなお、望まぬ連鎖を断ち切るための“実践知”について考えてみたいと思います。

■「親になること」は、かつての自分に向き合うこと

育児とは、単に子どもを育てる営みではありません。そこには、自分自身の育てられ方と向き合い、時にそれを問い直すという側面もあります。

虐待やネグレクトを受けて育った方の中には、「あれは異常だった」と頭では理解していても、「でも親も大変だった」「私さえ我慢していればよかったのかもしれない」と、自分の感じた痛みにフタをしてきた方も多いのではないでしょうか。

ところが、自分が親になり、我が子の無垢な姿に触れると、押し殺してきた感情や記憶が突然よみがえることがあります。そして、過去の親の行動と現在の自分の行動が重なった瞬間、強烈な違和感や恐怖を覚えるのです。

こうした反応は、決して弱さではありません。むしろ、これまで生き延びてきた証であり、自分の感情と向き合おうとする「勇気のはじまり」だと私は思います。


■世代間連鎖は、なぜ起きるのか?

「親もそうだったから」「そうやって育てられてきたから」
これは、加害の言い訳ではありません。むしろ、なぜその人がそうせざるを得なかったのかという背景を読み解く鍵です。

心理学では、「内在化された親」と呼ばれる概念があります。これは、子ども時代に接してきた親の態度や言動が、自我の中に取り込まれ、大人になっても無意識にその「親的存在」が自分を支配し続けるというものです。たとえば、親から「お前はダメな子だ」と繰り返し言われて育った人は、自分の内側に「お前はダメだ」と言い続ける“内なる声”を抱え、それがやがて自己否定や他者否定の根源となることがあります。

また、ストレスや感情のコントロールが難しいとき、人は慣れ親しんだ(たとえそれが有害であっても)行動パターンに戻ってしまう傾向があります。これを「行動の再演」といいます。つまり、親からされたように子に接してしまうのは、愛情がないからではなく、他の方法を知らない、あるいは試みる余裕がないからなのです。


■連鎖を断ち切るために必要なこと

虐待やネグレクトの連鎖を断ち切るには、まず「自分の育てられ方」に気づくことが出発点になります。何が辛かったのか、どんな言葉に傷ついたのか、どんなふうに愛されたかったのか。それを直視するのは勇気のいる作業ですが、過去に向き合わなければ、未来の選択肢は見えてきません。

そして重要なのは、「誰かに話すこと」です。信頼できる他者や支援者に自分の体験を語ることは、癒しだけでなく、新たな視点をもたらします。虐待を受けた過去がある人ほど、「自分には価値がない」「助けを求めてはいけない」という誤った思い込みを抱きがちですが、それこそが親から受け継いだ“傷の声”であり、本来の自分の声ではありません。

また、「育て方」には絶対的な正解があるわけではありませんが、他者の育児スタイルを知ったり、親としての学びを深めることで、自分の中に新しい引き出しを作ることは可能です。育児は孤独な営みであるべきではなく、社会的な支えの中で行われるべきなのです。


■「つながり」が連鎖を断ち切るカギになる

実際に虐待の連鎖を断ち切った多くの方々に共通しているのは、「自分を理解し、支えてくれる誰か」との出会いがあったことです。
それは、配偶者、友人、恩師、あるいは地域の支援者だったかもしれません。
その“誰か”との関係が、「私は変われるかもしれない」「違う生き方を選んでもいい」と思わせてくれたのです。

一方で、支援を必要とする親の多くは、「助けて」と言えずに孤立しています。子育ての悩みや自分の傷を語ることは、恥や弱さの表明と捉えられがちですが、本来それは、「人としての正直さ」であり、そこにこそ希望の芽があります。

私たち社会全体も、「育てる親」だけに責任を負わせるのではなく、「育て直しができる大人」「支え合える地域づくり」という視点で、この課題に関わっていく必要があります。


■結びに代えて ― “傷”は断ち切れる

「育てられ方」と「育て方」が繋がっているとすれば、それは不幸の運命づけではなく、「変化のチャンス」でもあると私は信じています。
自分の育てられ方を見つめ直し、同じ道を選ばないという決断をしたとき、そこに初めて連鎖を断ち切る勇気が芽生えるのです。

たとえ過去がどれほど痛ましいものであっても、その経験が「誰かを傷つけない力」へと変わる可能性を持っています。
そしてその選択が、自分自身と、これから育つ命の未来を変えていくのです。

“連鎖を断ち切ること”は、ひとりの人間の意志であり、社会全体への希望でもあります。