~幸せには、もう一つの物差しがある~

私たちは子どもの頃から、「勝つことは良いこと」「負けることは悔しいこと」と教えられながら育ってきます。

運動会では順位がつき、テストでは点数がつきます。受験では合格と不合格に分かれ、社会へ出れば就職先や年収、役職などで評価されます。

そして現代では、それらに加えてSNSがあります。

「いいね」の数。
フォロワーの数。
再生回数。
インプレッション。

数字は分かりやすく、自分の価値まで数字で決まるような錯覚を覚えてしまう時代です。

いつの間にか私たちは、「人生とは勝ち負けで決まるもの」という見えない価値観の中で生きています。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

私は違うと思っています。

人生には、勝ち負けでは測ることのできない大切な価値があります。そして、その価値に気づいた人ほど、穏やかで豊かな人生を歩んでいるように感じるのです。

「勝った人」が幸せとは限らない

世の中には、誰もが羨むような成功を手にした人がいます。

高い収入。
社会的地位。
有名企業への就職。
華やかな暮らし。

一方で、そのような成功を収めた人の中にも、心を病んでしまう人や孤独に苦しむ人が少なくありません。

反対に、大きな肩書きがなくても、毎日を笑顔で過ごしている人もいます。

家族との時間を大切にし、友人と語り合い、地域で誰かの役に立ちながら生きる人。

どちらが幸せでしょうか。

その答えは、本人しか分かりません。

つまり、「成功」と「幸福」は、必ずしも一致しないのです。

近年、世界中で「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉が注目されています。

ウェルビーイングとは、単に病気ではない状態や、お金を持っている状態ではありません。

身体的にも、精神的にも、社会的にも満たされ、「自分らしく生きられている」と感じられる状態を指します。

幸福学の研究でも、幸福度を左右するものとして、人との信頼関係、自己決定感、自分らしさ、社会とのつながりなどが重視されています。

つまり、人は「誰かに勝ったから幸せになる」のではなく、「自分らしく生きられている」と感じたときに幸福を実感するのです。

比べることは終わらない

競争には終わりがありません。

受験に勝てば就職があります。

就職に成功すれば昇進があります。

昇進すれば年収を比べます。

家を買えばもっと大きな家が気になります。

SNSでは、さらに華やかな誰かが目に入ります。

比較は無限に続くのです。

心理学では、人は他人との比較によって自分を評価しようとする傾向があると言われています。

もちろん、それ自体は自然なことです。

しかし、比較ばかりが人生の中心になると、自分の幸せを感じる力が少しずつ弱くなってしまいます。

「もっと頑張らなければ。」
「まだ足りない。」
「自分なんて。」

そんな思考が積み重なり、自分を認められなくなるのです。

人生はマラソンではありません。

誰かと競争するレースでもありません。

一人ひとり歩く道も、歩く速さも違います。

比べる相手がいる限り、心は休まりません。

しかし昨日の自分と比べることならできます。

昨日より少し笑えた。

昨日より誰かに優しくできた。

昨日より一歩前へ進めた。

その積み重ねこそが、本当の成長なのではないでしょうか。

「役に立つ」より「大切にされる」

現代社会では、「役に立つ人」が高く評価されます。

成果を出す人。
仕事ができる人。
効率の良い人。

もちろん、それは社会にとって必要です。

しかし、人の価値は「役に立つかどうか」だけではありません。

病気になった人。

高齢になった人。

障がいのある人。

子育てに追われる人。

失業している人。

もし「役に立つこと」だけが価値だとしたら、その人たちは価値のない存在になってしまいます。

そんなことは決してありません。

誰もが生きているだけで誰かの支えになり、誰かに勇気を与えています。

私たちは患者団体の活動を通じて、多くの方と出会ってきました。

病気によって仕事を辞めた人。

夢を諦めた人。

未来が見えなくなった人。

それでも、その人が語る経験に救われる人がいます。

その人の笑顔に励まされる人がいます。

その人が生きている姿そのものが、誰かの希望になることがあります。

人は「役に立つ」から価値があるのではありません。

「存在していること」そのものに価値があるのです。

幸せには、もう一つの物差しがある

では、本当の幸せとは何でしょうか。

私は、「つながり」だと思います。

困ったとき、「助けて」と言える人がいる。

悲しいとき、一緒に泣いてくれる人がいる。

嬉しいことを、一緒に喜んでくれる人がいる。

自分の存在を認めてくれる人がいる。

それだけで、人は生きる力を取り戻します。

世界中の幸福研究でも、幸福度を高める最大の要因の一つは「良好な人間関係」であることが繰り返し示されています。

高価な物を持っていることよりも、人との信頼関係の方が、長い人生でははるかに大きな幸福をもたらします。

だからこそ、私たちは「知り添う」という言葉を大切にしています。

知るだけではありません。

寄り添うだけでもありません。

相手を知ろうとし、理解しようと努めながら、共に歩む姿勢です。

その積み重ねが、人と人との信頼を育て、孤立を減らしていくのだと思います。

子どもたちへ遺したい社会

私は時々、未来の子どもたちのことを考えます。

大人が勝ち負けばかりを語る社会で育った子どもは、きっと自分も勝ち続けなければならないと思うでしょう。

失敗を恐れます。

挑戦を恐れます。

助けを求めることも、「負け」と感じてしまうかもしれません。

そんな社会を私たちは本当に望んでいるのでしょうか。

私は違う未来を見たいのです。

誰かの成功を心から喜べる社会。

失敗しても「大丈夫」と言い合える社会。

病気や障がいがあっても安心して暮らせる社会。

弱さを見せられる社会。

「助けて」と言える社会。

そんな社会では、人は勝ち負けではなく、「共に生きる喜び」を感じられるはずです。

それは決して理想論ではありません。

一人が誰かを思いやること。

一人が話を聴くこと。

一人が手を差し伸べること。

その小さな行動が積み重なって、社会は少しずつ変わっていきます。

あなたの物差しは、あなた自身が決めていい

人生には、学校のテストのような正解はありません。

誰よりも早く成功することが正しいわけでもありません。

誰よりも多くのお金を持つことが正しいわけでもありません。

人生の物差しは、一つではないのです。

今日、誰かに優しくできた。

家族と笑顔で食卓を囲めた。

友人の話を最後まで聴けた。

夢に向かって一歩進めた。

心から「ありがとう」と言えた。

そんな一日もまた、かけがえのない「成功」です。

もし今、誰かと自分を比べて苦しくなっている人がいるなら、一度だけ立ち止まってほしいと思います。

あなたの人生を測る物差しは、他人が持っているものではありません。

あなた自身が選び、育てていくものです。

勝ち負けだけでは見えない景色があります。

競争だけでは出会えない人がいます。

数字だけでは測れない幸せがあります。

幸せには、もう一つの物差しがあります。

その物差しには、「思いやり」や「つながり」、「感謝」、そして「自分らしく生きる喜び」が刻まれています。

その物差しを持つ人が一人でも増えること。

それこそが、これからの社会をより温かく、より豊かなものへと変えていく力になるのではないでしょうか。