
~比較・願い・自己価値の交差点~
はじめに
最近は年末、年の初めという事もあるのですが、何よりも年を重ねてきたというのが大きな理由で、「そんなのどうでも良くなくない?」というテーマがやたら気になりまして、いくつか文章による「考」をいたしております次第です。本日もまたこんなテーマで失礼します。。
私たちはなぜ、嫉妬してしまうのでしょうか。
誰かの成功を喜べない自分、他人の幸せを見て胸がざわつく感覚、あるいは「そんな感情を持つ自分は未熟だ」と自分を責めてしまうこともあるかもしれません。はたまた変わり者の小生のようにその想いを「くそ―、負けてたまるか!」と、何でも無理やりに「そこ」に持っていく、、そんな人もいてるのでしょう。
嫉妬心は、できれば持ちたくない感情の代表格として語られがちです。
しかし実際には、嫉妬を一度も感じたことがない人は、ほとんどいないでしょう。
今回は、嫉妬心を「悪い感情」として切り捨てるのではなく、比較・願い・自己価値という三つの視点から、なぜ人は嫉妬するのかを考えてみたいと思います。

嫉妬は「比較」から生まれる感情です
嫉妬の根底には、ほぼ例外なく「比較」があります。
人は、自分を絶対的な基準だけで評価することができません。
どうしても、誰かと比べながら自分の立ち位置を確認してしまいます。
・あの人は評価されている
・あの人は愛されている
・あの人は自分より先に進んでいる
こうした比較が生じたとき、そこに優劣や差を感じると、嫉妬心は静かに芽生えます。
重要なのは、比較そのものは自然な行為だということです。
比較は本来、社会の中で自分を位置づけるための機能でもあります。
問題は、比較が「自己否定」へと結びついたときに起こります。

嫉妬は「願い」がある証拠でもあります
嫉妬は、単なる他人への敵意ではありません。
むしろその奥には、「本当は自分もそうなりたかった」という願いが隠れています。
・評価されたい
・認められたい
・安心したい
・愛されたい
これらは、誰にとっても自然で、健全な欲求です。
嫉妬心が生まれるのは、他人がそれを手にしているように見えたときです。
つまり嫉妬とは、「自分には大切な願いがある」というサインでもあるのです。
それにもかかわらず、私たちはしばしば「嫉妬=醜い感情」「持ってはいけない感情」と自分の心を切り捨ててしまいます。
その結果、願いそのものに気づかないまま、心だけがすり減っていくことも少なくありません。

嫉妬は「自己価値」が揺らいだときに強まります
嫉妬が特に強くなるのは、自分の価値を外部の評価に委ねているときです。
・成果で自分の価値を測っている
・他人の反応で安心している
・役に立てていないと不安になる
こうした状態では、他人の成功や幸福は、「自分の価値を脅かすもの」として感じられやすくなります。
本来、他人の幸せと自分の価値は、直接関係があるわけではありません。
しかし自己価値が不安定なとき、人はそれを切り離して考えることができなくなります。
嫉妬とは、「私はこのままで大丈夫だろうか?」という問いが、心の奥で鳴っている音なのかもしれません。

嫉妬は「劣等感」とは少し違います
嫉妬と劣等感は混同されがちですが、厳密には少し異なります。
劣等感は、「自分は劣っている」という内向きの感情です。
一方、嫉妬は、「相手が持っているもの」と「自分が持っていないもの」の間に生まれる、外向きと内向きが混ざり合った感情です。
だからこそ嫉妬は扱いづらく、時に攻撃性や皮肉、距離を取る行動として表に出ることもあります。
しかしそれは、本質的には「誰かを傷つけたい」からではなく、自分の中の痛みをどう扱えばいいかわからない状態なのです。

嫉妬を否定すると、心はさらにこじれます
「嫉妬してはいけない」
「大人なんだから我慢しなさい」
こうした言葉は一見正しそうですが、心の現実とは噛み合いません。
感情は、押さえつけるほど強くなります。
嫉妬を感じた自分を否定すると、
・自己嫌悪
・恥
・孤立感
が積み重なり、結果として人との距離が広がっていきます。
嫉妬を感じること自体は、人間として自然な反応です。
問題は、その感情をどう扱うか、どう理解するかにあります。

嫉妬心と、少しだけ上手につき合うために
嫉妬を感じたとき、すぐに克服しようとしなくても構いません。
まずは、次のように問いかけてみてください。
・私は、何と比べているのだろう
・本当は、何を願っているのだろう
・自分の価値を、どこに預けているのだろう
この問いは、嫉妬を消すためのものではありません。
自分の心を理解するための入り口です。
嫉妬は、自己理解への扉でもあります。
そこに向き合うことは、弱さではなく、成熟の一歩です。

おわりとして・・
嫉妬心は、決して美しい感情ではないかもしれません。
しかしそれは、人が人として生きている証でもあります。
比較する心、願う心、価値を求める心。
それらが交差する場所に、嫉妬は生まれます。

もし嫉妬を感じたときは、「また弱い自分が出てきた」と切り捨てるのではなく、「何か大切なことを教えてくれているのかもしれない」そう考えてみてもよいのではないでしょうか。
嫉妬を理解することは、他人を理解することではなく、自分自身と、少しだけ丁寧に向き合うことなのです。
