なぜ話が通じないのか・・・

医療現場では、多くの患者が「話を聞いてもらえない」「質問が伝わらない」という不満を抱えている。一方で、医療者は医療者で「患者の言いたいことがわからない」「非合理的に感じる」と感じている場合があり、双方の間には“届かない壁”が存在している。この壁は心理学でいう「ゴムの壁」の典型でもある。

さらに近年は、老若世代の価値観の違いがこの壁をさらに厚くしている。医療者の多くが若年〜中年層である一方、患者の多くは高齢者であり、世代間の「当たり前」がズレている。そのズレが、コミュニケーションの断絶を生む。

では、この壁の正体とは何か。なぜ現代で厚くなっているのか。以下に、医療現場の現実と世代差の心理を踏まえ、深く掘り下げていく。

■ 1. 医療現場の「時間不足」と防衛的コミュニケーション

医師は1人の患者に割ける時間が非常に短い。外来では多くの場合3~5分、混んでいれば1分に満たないことすらある。この短時間で病気の説明、意思決定、処方、記録を行うため、医師は“効率的な会話”を追求せざるを得ない。

その結果、患者が語りたい「不安」「生活背景」「感情」は切り捨てられやすい。医師側には「限られた時間で正確に医療的判断をする」というプレッシャーがあり、それ以上の情報を受け取る余裕がないため、無意識に“壁”を作ってしまう。

これは医師の冷たさではなく、「壁がないと仕事にならない」という構造によって強化されている防衛である。


■ 2. 患者側の不安・孤独による「壁」の肥大

一方の患者も、現代の医療システムの中で孤立している。家族のつながりが弱くなり、病気や身体的な不安を相談できる相手が少ない。病院に行くときには、すでに心がすり減っていることが多い。

「医師にどう説明していいかわからない」
「怒られたらどうしよう」
「話を聞いてもらえないかもしれない」

こうした不安が、患者側の防衛を高める。自分を守るために「ゴムの壁」を作り、医師の言葉は入らず、質問もできない。APD(聴覚情報処理障害)の当事者であれば、聞き取れないことで誤解される恐れがさらに壁を厚くする。


■ 3. 医師と患者の間にある「前提の違い」

医師は医学の専門的視点から物事を見ている。患者は生活者の視点から物事を見る。この両者の間にある“前提の違い”が、言葉が届かない原因になる。

医師は「病気を診る」が、患者は「病気から派生する人生をも、少しは診てほしい」と思っている。
医師は“正確さ”を求めるが、患者は“安心”を求めている。
医師は“リスク”を語るが、患者は“希望”を探している。

この前提のズレが大きいほど、「言葉は交換しているのに、心には届かない」状態が生まれやすい。


■ 4. 老若世代差による「価値観の壁」

● 高齢者は“対面文化”

高齢者は電話・対面・目の前の人間関係を大切にしてきた世代である。表情、気遣い、話の流れといった文脈的コミュニケーションが重視される。

● 若者世代は“テキスト文化”

LINEやSNSで育った世代は、効率的な短いコミュニケーションに慣れている。必要な情報だけ交換し、余分な感情表現はしない。

→ この差が医療現場で衝突する。

高齢者は「医師にゆっくり聞いてもらいたい」
若い医師は「要件だけ簡潔に話してほしい」

この価値観の衝突は、双方が“違い”に気づける余裕がなければ、壁を厚くする。


■ 5. 医療者側の「燃え尽き」と壁の肥厚

医療者のバーンアウト(燃え尽き症候群)は深刻である。
過重労働・クレーム・医療訴訟リスク・人員不足。

医療者は“心を動かすと仕事ができなくなる”ため、あえて感情の壁を作ることがある。これが「ゴムの壁」として表れる。

患者の話を一見受け止めるが、本質には触れない。
共感するように見えるが、深くは踏み込まない。

壁は医療者を守るためのものでもある。


■ 6. 若者・中年・高齢者の「生き方の違い」が壁を厚くする

● 若者世代(Z世代〜30代)

  • 自己表現に慣れているが、対人ストレス耐性は低い
  • 他者の期待や圧に弱く、防衛的になりやすい
  • 価値観の違いに敏感
  • 情報処理が飽和しているため、心の余白が少ない

● 中高年世代

  • 多くの責任を背負い、余裕がない
  • 過去の常識と現在の社会のズレに混乱している
  • 「若者が何を考えているかわからない」と感じる

● 高齢者

  • 孤独感が強い
  • 誰かに話を聞いてほしい
  • 医師の説明を理解する認知的余裕が不足しがち

→ この三つの世代の“ズレ”は、医療現場でとくに顕著に現れる。

医師が若く、患者が高齢であるほど、価値観の差が大きく、「話が通じない」経験が増える。


■ 7. 結果として起きること ——「すれ違いの医療」

患者:「話を聞いてもらえなかった」
医師:「ちゃんと説明したのに理解してくれない」

この相互不信は、まさに“ゴムの壁”同士のぶつかり合いである。

とくに、病気の理解や治療方針に互いの気持ちが反映されないと、患者は診療から“感情的に離脱”する。医師は説明しても無駄だと感じ、さらに効率重視になる。結果として壁がより厚くなる。


■ まとめ:医療現場の「壁」は社会構造と世代差がつくる“二重の壁”

医療現場には、

  1. 医師側の時間・労働負荷による防衛の壁
  2. 患者側の不安・孤立による防衛の壁
  3. 老若世代差による価値観の壁

という三重構造があり、これが「ゴムの壁」を現代で極端に厚くしている。