「子どもの頃の経験」は、どこまで人生に残るのか
~パパとママに伝えたい、「幼少期の記憶」と心の連鎖~

私たちは、人生の中でたくさんの経験をします。

うれしかったこと、悔しかったこと、誰かに褒めてもらったこと。反対に、叱られたこと、失敗したこと、傷つけられたこと。

その一つひとつが、自分という人間をつくっていきます。

特に、幼少期に経験したことは、その後の人生に大きな影響を与えることがあります。

もちろん、子どもの頃の嫌な経験がすべて「トラウマ」になるわけではありません。また、つらい経験をした人が必ず大人になって問題を抱えるわけでもありません。

人は、その後の出会いや環境、本人の努力によって、過去の経験の意味を変えていくこともできます。

それでも、幼い頃の経験が心の中に「ものの見方」や「自分自身に対するイメージ」として残ることがある。

これは、子育てをする私たち大人が、ぜひ知っておきたいことではないでしょうか。


「自信を持つと、ろくなことがない」

たとえば、小学生の男の子が野球をしていたとします。

その日は大切な試合。

本人は自信がありました。

「今日は打てる」

そう思って、張り切って試合に臨みます。

ところが、チャンスで打てなかった。

試合にも負けてしまった。

もちろん、大人から見れば、これは人生の中の一つの出来事です。

「次は頑張ればいい」

そう思うでしょう。

しかし、子どもの心は、必ずしもそう単純ではありません。

もしかすると、その子は心の中で、

「自信を持ったから失敗した」
「期待したから、余計に悔しかった」
「最初から期待しなければ、こんなに傷つかなかった」

と感じるかもしれません。

そして、それが何度か繰り返されると、

「自信を持たないほうが安全だ」

という考え方につながることがあります。

大人になってからも、何かに挑戦するとき、

「自分なんか無理だろう」
「期待しないでおこう」
「失敗したら恥ずかしい」

と、無意識のうちに一歩引いてしまう。

本人には、その理由が分からないかもしれません。

しかし、過去の経験が「自分を守るための考え方」として残っている可能性があります。


「親になったら、自分がされたことを繰り返す」

もう一つ、少し重い例があります。

子どもの頃、親から虐待を受けて育った人が、大人になって親になったとき、自分の子どもに同じような行為をしてしまうことがあります。

もちろん、虐待を受けた人が必ず虐待をするわけではありません。

多くの人は、

「自分がされたことを、子どもには絶対にしない」

と決意し、その連鎖を断ち切ります。

それでも、なぜか同じようなことを繰り返してしまう人がいる。

これは、「その人が悪い人だから」と簡単に片づけられる問題ではありません。

幼少期に繰り返し経験したことは、「人との関わり方」「怒りへの対処」「愛情の示し方」「子どもとはどう接するものなのか」といった、人間関係の基本的なモデルとして心に刻まれることがあります。

つまり、

「自分が育てられた方法しか、子育ての方法を知らない」

という状態が起こり得るのです。

だからこそ、過去を理解し、必要であれば専門家の力を借りながら、その連鎖を止めることが大切になります。


子どもは「言葉」だけを覚えているのではありません

ここで、パパやママに考えていただきたいことがあります。

子どもは、親から言われた言葉だけを覚えているのでしょうか。

私は、そうではないと思います。

親の表情。

家の中の空気。

失敗したときに、どう扱われたか。

泣いたときに、抱きしめてもらえたか。

何かを頑張ったときに、結果だけを見られたか、それとも努力そのものを見てもらえたか。

「どうせ無理」と言われたのか。

「やってみたらいい」と言われたのか。

そうした日常の小さな積み重ねが、子どもの中に少しずつ蓄積されていきます。

そして、それはやがて、

「私は大切な存在なんだ」

あるいは、

「私は失敗してはいけない人間なんだ」

という、自分自身に対する感覚につながっていくことがあります。

だから、子育ては難しいのです。

親が何気なく発した一言が、子どもにとっては大きな意味を持つことがあるからです。


だからといって、「完璧な親」を目指さなくていい

ここまで読んで、

「では、子どもに何も嫌な思いをさせてはいけないのか」

と思われる方もいるかもしれません。

しかし、それは違います。

子どもは、失敗もします。

友達と喧嘩もします。

試験で悪い点を取ることもあります。

スポーツで負けることもあります。

叱られることも必要です。

人生には、思い通りにならないことがたくさんあります。

だから、子どもから「嫌な経験」をすべて取り除くことはできません。

むしろ大切なのは、

嫌な経験をしたあとに、子どもがどう感じられるか

なのではないでしょうか。

失敗した。

でも、お父さんやお母さんは自分を嫌いにならなかった。

怒られた。

でも、自分の存在そのものを否定されたわけではない。

負けた。

でも、もう一度挑戦していい。

泣いた。

でも、泣いてもいい場所があった。

こうした経験が、子どもの心の「安全基地」になっていくのではないでしょうか。


「失敗」と「自分」を切り離してあげる

子どもにとって、とても大切なのは、

「あなたが失敗した」ことと、「あなた自身がダメな人間である」ことは違う

と伝えることです。

テストで悪い点を取った。

だからといって、あなたがダメな人間なのではありません。

野球で三振した。

だからといって、あなたに価値がないわけではありません。

友達と喧嘩した。

だからといって、あなたは愛される資格がないわけではありません。

この区別を、大人は意外と忘れがちです。

そして、子どももまた、その区別をまだ十分にはできません。

だからこそ、大人が言葉にして伝えてあげる。

「今回は残念だったね。でも、あなたがダメなわけじゃないよ」

その一言が、子どもの心に残ることがあります。


幼少期の経験は「運命」ではない

ここまで幼少期の経験について書いてきましたが、一つだけ強く伝えておきたいことがあります。

それは、

過去の経験は、その人の人生に影響を与えても、人生そのものを決めるわけではない

ということです。

子どもの頃につらい経験をした人でも、その後の人生で信頼できる人に出会うことがあります。

自分を理解してくれる人に出会うこともあります。

本を読んだり、学んだり、誰かの言葉に救われたりすることもあります。

「あのときの自分は、悪かったのではなく、ただ傷ついていたのだ」と気づくこともあります。

過去を書き換えることはできません。

しかし、過去の出来事に対する「意味」は、人生の途中で変わることがあります。

だからこそ、大人になってからでも遅くはありません。

もし自分の中に、幼少期から続いている生きづらさや、人間関係の繰り返しがあるのなら、「自分はこういう人間だから」と諦める必要はありません。

必要であれば、専門家に相談することも一つの方法です。


パパとママへ。「完璧」より「修復」を

最後に、子育てをしているパパとママに伝えたいことがあります。

子どもに一度も怒らない親になる必要はありません。

一度も間違えない親になる必要もありません。

親だって人間です。

疲れる日もあります。

イライラする日もあります。

つい強い言葉を言ってしまうこともあるでしょう。

大切なのは、間違えたときに、

「さっきは言い過ぎたね。ごめんね」

と言えることではないでしょうか。

親が謝る姿を見せることも、子どもにとって大切な学びです。

人は間違えても、関係を修復できる。

傷つけてしまっても、謝ることができる。

怒りに任せてしまっても、もう一度やり直すことができる。

そんな姿を見せることも、立派な子育てなのだと思います。


あなたの今日の一言が、子どもの未来に残る

子どもは、親が思っている以上に、親を見ています。

そして、親が思っている以上に、親の言葉を受け止めています。

それ故、今日の一言を少しだけ意識してみませんか。

「頑張ったね」

「失敗しても大丈夫」

「あなたはあなたでいい」

「いつでも話していいよ」

「お父さん、お母さんは味方だよ」

そんな何気ない言葉が、何十年後かのその人を支えることがあります。

幼少期の経験は、良くも悪くも、その人の心に残ります。

だったら私たち大人は、子どもたちの心に残るものとして、

恐怖ではなく安心を。

否定ではなく可能性を。

完璧を求めるのではなく、失敗しても戻ってこられる場所を。

残してあげたい。

子どもたちが大人になったとき、

「自分は愛されて育った」

「失敗しても大丈夫だった」

「困ったときには誰かを頼ってよかった」

そう思えるなら、それは親が子どもに遺せる、とても大きな財産なのではないでしょうか。

私たちが子どもの頃に受け取ったものは、すべて自分で選んだものではありません。

しかし、次の世代に何を渡すのかは、今を生きる私たちが選ぶことができます。

子どもの未来を変えるのは、大きな教育論ではなく、今日の家庭にある小さな言葉や態度なのかもしれません。

わが子の所謂「子育て」が完全に終了し、次世代の子供たちを身近にみながら 思う事を書いてみました。