~対立を越え、新しい価値を生み出す視点の転換~

私たちは日々、多くの問題に直面しています。

孤独の問題。
少子高齢化の問題。
医療費の増大。
地域社会の衰退。
企業の人材不足。

しかし、それらを本当に「問題」と呼ぶべきなのでしょうか。

少し意地悪な言い方をするならば、それらは「問題」そのものではなく、「問題として見えている現象」に過ぎないのかもしれません。

同じ現象でも、見方を変えれば全く異なる意味を持つことがあります。

その視点の転換を心理学では「リフレーミング」と呼んでいます。

もともとは家族療法などで使われてきた概念ですが、私は今後の社会全体に必要な考え方になると感じています。家族療法とは?

「企業」と「非営利団体」は本当に正反対なのか

一般的には、

企業=利益追求

非営利団体=社会貢献

という構図で語られます。

確かに法律上や運営上の違いはあります。

しかし、本当にそう単純でしょうか。

企業は利益を上げなければ存続できません。

一方で利益だけを追求すれば社会から支持されません。

近年はESGやSDGsが注目されるように、社会課題の解決が企業価値そのものになりつつあります。
EGSとはESGとは「環境(Environmental)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の3つの要素を考慮した企業経営や投資の考え方です

逆に非営利団体も、社会貢献だけでは継続できません。

活動を続けるためには資金が必要です。

人材も必要です。

経営感覚も必要です。

つまり、

企業は社会性を求められ、

非営利団体は持続可能性を求められている。

そう考えると、両者は対極ではなく、むしろ同じ山を別ルートから登っている存在とも言えます。

ここにリフレーミングがあります。

「対立する組織」ではなく、

「社会課題を解決するための異なる専門家集団」

と捉えることができるのです。


病気を「不幸」とだけ考えない

我々がおこなってきた活動自体が(難病患者支援の現場)、リフレーミングは存在しています。

病気になった。

これは確かに辛い出来事です。

苦しみを美化する必要はありません。

しかし、多くの患者さんが後にこう語ります。

「病気になって人生観が変わった」

「人の優しさを知った」

「本当に大切なものが見えた」

「同じ病気の仲間と出会えた」

病気そのものは変わっていません。

変わったのは意味づけです。

もちろん、病気を良いことだと言うつもりはありません。

しかし、

「病気=人生の終わり」

というフレームから、

「病気=人生を見つめ直す転機」

というフレームへ移ることで、人は再び歩き始めることができます。

これはナラティブ・アプローチやライフレビューとも深く関係しています。

LIFE TRACING MAP®も、本質的には人生のリフレーミング装置と言えるのではないでしょうか。


孤独は「欠如」なのか

現代社会では孤独が問題視されています。

しかし孤独も見方によって意味が変わります。

孤独を

「誰ともつながれない状態」

と考えると苦しくなります。

しかし、

「自分自身と向き合う時間」

と考えることもできます。

もちろん、深刻な孤立は支援が必要です。

ただし、孤独を完全な悪と決めつけると、人はますます孤独を恐れるようになります。

むしろ、

孤独を知っている人ほど他者に優しくなれる。

孤独を経験した人ほどつながりの価値を理解できる。

そう考えることもできるのです。


子どもたちに必要なのは答えではなく視点

私は教育の分野でもリフレーミングが重要になると思っています。
実際に周辺を観察した時に思う事でもあります。

これまでの教育は、

「正解を見つける力」

を重視してきました。

しかしAI時代になると、多くの知識は瞬時に検索できます。

そこで重要になるのは、

「どのように見るか」

です。

同じ出来事を見ても、

失敗と捉える人

学びと捉える人

挑戦の証と捉える人

では、その後の人生が大きく変わります。

未来の社会で必要なのは、正解を暗記する能力ではなく、意味を創造する能力なのかもしれません。


対立社会から共創社会へ

現在の社会は「正しさの衝突」が増えています。

SNSを見ても、

右か左か。

賛成か反対か。

敵か味方か。

そんな二項対立が目立ちます。

しかし、本当に必要なのは勝敗ではありません。

リフレーミングによって、

「どちらが正しいか」

から、

「なぜそう考えるのか」

へ視点を移すことです。

相手を論破するのではなく理解する。

その姿勢が対話を生みます。

我々が活動テーマの一つとしている「知り添う」という考え方も、まさにリフレーミングの実践だと思います。

相手を評価する前に理解しようとする。

そこから関係性が始まるのです。


これからの社会は「再定義する人」が価値を持つ

私は今後、社会で価値を生み出す人とは、新しいものを作る人だけではないと思っています。

既に存在しているものの意味を再定義できる人です。

高齢者を「支えられる側」ではなく「経験の継承者」と見る。

患者を「治療の対象」ではなく「医療の共同創造者」と見る。

企業を「利益集団」ではなく「社会課題解決の担い手」と見る。

非営利団体を「支援を受ける組織」ではなく「社会実験を行う先駆者」と見る。

そうした視点の転換によって、新しい協力関係や価値が生まれます。


おわりに

私は、「企業と非営利団体の融合」という発想を以前から持っています。これは非常に大きなリフレーミングだと思います。

これまでの社会は、

経済か社会貢献か

利益か善意か

競争か協力か

という二者択一で考えがちでした。

しかしこれからは、

利益を生みながら社会に貢献する。

社会に貢献しながら持続可能な経営を行う。

そうした「両立」の時代に入っていくのではないでしょうか。

そして、その変化を生み出す原動力こそがリフレーミングです。

世界を変える前に、見方を変える。

社会を変える前に、意味を変える。

実は歴史を振り返ると、大きな社会変革の多くは技術革新からではなく、「当たり前を疑い、別の見方を提示した人」から始まっています。

そう考えると、リフレーミングとは単なる心理学の技法ではなく、人と人をつなぎ、組織と組織をつなぎ、そして未来をつくるための「社会の知恵」なのかもしれません。