ー承認欲求が社会を壊すとき、社会を育てるときー

私たちは誰しも「認められたい」という気持ちを持っています。
心理学ではこれを「承認欲求」と呼びますが、この言葉は近年、どこか否定的なニュアンスで語られることが増えているように感じます。
「承認欲求が強い人」という表現は、自己顕示欲が強い人、あるいは注目を求めて過剰に振る舞う人を指す言葉として使われることが多いからです。

しかし本来、承認欲求とは人間にとって非常に自然で重要な感情です。
むしろ、この欲求があるからこそ、人は努力し、他者と関わり、社会の中で役割を果たそうとするとも言えるでしょう。

問題は「承認欲求があるかどうか」ではなく、それがどのような方向に働くかにあります。
承認欲求は社会を壊す力にもなれば、社会を育てる力にもなるからです。

そのあたりを考えてみたいと思います。


人はなぜ承認を求めるのか

人間は社会的な生き物です。
家族、学校、職場、地域社会など、常に誰かとの関係の中で生きています。

そのため、人は心のどこかで
「自分はここにいていいのだろうか」
「自分は役に立っているのだろうか」

という問いを抱えています。

そして誰かから
「ありがとう」
「助かったよ」
「あなたがいて良かった」

と言われたとき、私たちは安心し、自分の存在に意味を感じます。

この感覚こそが承認欲求の本質です。
つまり承認欲求とは、自分が社会の中で価値ある存在でありたいという願いなのです。


承認欲求が社会を育てるとき

承認欲求が健全な形で働くとき、それは社会を前向きに動かす力になります。

例えば、誰かの役に立ちたいという気持ちも、その背景には「感謝されたい」「信頼されたい」という感情が含まれています。
医療、教育、福祉、地域活動など、多くの社会的活動の根底にはこの心理があります。

人は「ありがとう」と言われると、もう一度誰かの役に立ちたいと思います。
こうして善意は連鎖し、社会の中で小さな循環を生み出します。

ボランティア活動や市民活動においても、純粋な利他だけで動いている人は実は多くありません。
そこには「誰かの役に立てた」という満足感や、「社会に必要とされている」という実感があります。

しかし、それは決して悪いことではありません。
むしろ、承認欲求が社会貢献のエネルギーになっているとも言えるのです。

このような状態では、承認欲求は社会を温かくする力として働きます。


承認欲求が社会を壊すとき

一方で、この欲求が歪んだ形で現れると、まったく違う現象が起こります。

承認を得ることが目的になってしまうと、人は本来の目的を見失い始めます。
誰かの役に立つことよりも、「評価されること」が重要になってしまうのです。

その結果として

・自分の功績を過剰に強調する
・他人を否定して自分を高く見せようとする
・正しさを振りかざして人を追い詰める

といった行動が生まれます。

近年のSNS社会では、この傾向がさらに強くなっているように感じます。
多くの人が「いいね」やフォロワー数といった数字によって評価される環境に置かれています。

すると、知らず知らずのうちに
「何が社会にとって良いか」ではなく、
「何が注目されるか」
という基準で発言や行動が選ばれるようになります。

こうして承認欲求は、社会を分断する力へと変わってしまうことがあります。


承認欲求との上手な付き合い方

では、私たちは承認欲求とどのように向き合えば良いのでしょうか。

大切なのは、承認欲求そのものを否定することではないと思います。
人は誰でも認められたい存在です。
それを完全に消すことはできませんし、消す必要もありません。

むしろ重要なのは、
「承認を求めること」と「承認に支配されること」を区別することです。

誰かに感謝されることは嬉しい。
評価されることは励みになる。

しかし、それが得られなかったとしても、自分の行動の意味が消えるわけではありません。

自分の価値をすべて他人の評価に委ねてしまうと、承認欲求は不安と競争を生み出します。
しかし、自分なりの納得感を持ちながら他者の承認を受け取ることができれば、その欲求は人を成長させる力になります。


社会に必要なのは「理解される場」

現代社会では、多くの人が「認められたい」という思いを抱えながら、同時に「理解されない孤独」も感じています。

本当は誰もが
自分の努力や苦しみをわかってほしい
と思っているのではないでしょうか。

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もし社会の中に、互いの背景や思いを静かに聴き合う場が増えれば、人は過剰に承認を求めなくても済むかもしれません。
理解される経験は、人の心を落ち着かせるからです。

承認欲求が暴走するとき、その背景には「理解されない孤独」があることも少なくありません。

だからこそ、互いの存在を認め合い、知り合い、理解しようとする対話が社会の中で大切になるのだと思います。


最後に

承認欲求は、人間の弱さの象徴のように語られることがあります。
しかし見方を変えれば、それは人が社会とつながろうとする自然な感情でもあります。

その欲求が、
自分の評価を求める方向に向かうのか、
誰かの役に立とうとする方向に向かうのか。

その違いによって、承認欲求は
社会を壊す力にも、社会を育てる力にもなるのです。

私たちが目指すべきなのは、承認欲求を否定する社会ではなく、
承認欲求が人と人を支え合うエネルギーへと変わる社会なのではないでしょうか。

そしてその第一歩は、互いの存在を認め合い、静かに耳を傾けることなのかもしれません。