
ー停滞の真っただ中の社会だからこそ、必要なのです。ー
近年、「リスキリング」という言葉を耳にする機会が増えました。企業における人材育成や、AI時代に対応するための能力開発といった文脈で語られることが多く、一般的には「仕事のための学び直し」という意味で理解されているように思います。
これは2020年1月に行われた「世界経済フォーラム」(ダボス会議)において『リスキリング革命』と題した議論が行われ、宣言もなされました。
しかし私は、患者団体の活動や社会貢献の現場に関わる中で、少し違った実感を持つようになりました。それは、リスキリングという考え方は企業の中だけにとどまるものではなく、むしろ社会活動の場にこそ必要なのではないか、ということです。

社会貢献活動は、多くの場合「善意」から始まります。困っている人を助けたい、社会を少しでも良くしたい、そんな思いが人を動かします。患者団体であれば、同じ病気を持つ人の支えになりたい、医療環境を少しでも良くしたいという願いが出発点になります。
ところが、実際に活動を始めてみると、思いもよらない難しさに直面することがあります。同じ目的を持って集まっているはずなのに意見が対立することもありますし、善意で発した言葉が相手を傷つけてしまうこともあります。また、正しいと思われる提案をしているのに理解されない、誰も反対していないのに物事が進まない、といった場面に出会うこともあります。
こうした経験を重ねる中で私は、あることに気づきました。それは、社会貢献活動の難しさの多くは「能力」や「努力」の問題ではなく、「人と人の関係」に関わる問題だということです。

企業組織には、上司と部下という関係があり、職務や責任の範囲も比較的明確です。評価制度や意思決定の仕組みも存在します。しかし社会活動の場では、そうした構造がほとんどありません。年齢も職業も社会経験も異なる人々が、同じ志のもとに集まります。
そこには、善意だけでは説明できないさまざまな人間の心理が存在します。正義感や使命感がある一方で、不安や遠慮、承認欲求や自己防衛といった気持ちも働きます。こうした感情や価値観が交差する場所では、ちょっとした言葉や態度が大きな影響を及ぼすこともあります。
言い換えれば、社会貢献活動の現場は「人間心理の交差点」とも言える場所なのです。
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私自身、患者団体の活動を続ける中で、善意だけでは社会は動かないという現実を何度も経験しました。もちろん善意はとても大切です。しかし善意だけでは、活動を継続することも、人と人をつなぐことも難しいのです。
そのような経験から、私は次第に人の心理やコミュニケーションについて意識して学ぶようになりました。社会心理学の本を読んだり、人がどのように言葉を受け取り、どのような場面で心を閉ざしてしまうのかを考えるようになりました。

また、最近ではポッドキャストなどの音声発信を通じて、言葉の抑揚や話し方についても意識するようになりました。同じ内容を伝える場合でも、声の調子や言葉の選び方によって、相手の受け取り方は大きく変わるからです。
こうした取り組みを振り返ってみると、これはまさに「社会活動におけるリスキリング」と言えるのではないかと思うようになりました。
これからの社会では、AIやデジタル技術の発展によって、多くの仕事の形が変わると言われています。そのため企業の世界では、新しい技術を学び直すことの重要性が強調されています。
しかし私は、それと同じくらい重要なものとして「人間理解のリスキリング」があるのではないかと感じています。社会が複雑になればなるほど、人と人の関係もまた複雑になります。共感する力、相手の立場を想像する力、対話を通じて理解を深める力は、これからますます重要になっていくでしょう。
特に社会貢献活動においては、「何をするか」という活動内容以上に、「どのように人と関わるか」が大きな意味を持つように思います。
リスキリングという言葉は、どこか難しく聞こえるかもしれません。しかしその本質は、決して特別なものではないのではないでしょうか。それは、人が社会の変化の中で学び続けようとする姿勢そのものなのだと思います。

社会のために活動する人ほど、人を理解しようとし、自分の考え方を更新し続ける必要があります。そう考えると、社会貢献活動とは、ある意味で「人間を学び続ける営み」と言えるのかもしれません。
そして、その学びの積み重ねが、人と人とのつながりを少しずつ深め、社会をわずかでも前に進める力になるのではないかと、私は感じています。

