
私たちの体の中にある「掃除と再生」の仕組み
― オートファジーと、それを止めるタンパク質「ルビコン」の話 ―
2009年に大阪大学大学院教授の吉森先生のグループが発見した『ルビコン』という、オートファジーのブレーキ役ですが、これ、じつは、人間の未来のカギを握るかもしれないタンパク質とまでご著書に書かれています。

はじめに
私たちの体は、毎日少しずつ古くなっています。
それは年齢の問題だけではなく、細胞一つひとつの中で、常に「使い古されたもの」が生まれているからです。
ところが、人の体にはとても賢い仕組みがあります。
壊れたもの、役目を終えたものを自分で片づけ、再利用する仕組みです。
この仕組みの名前が何度も書きましたが、「オートファジー」です。
このオートファジーを止めてしまうブレーキ役のタンパク質の名前が 「ルビコン」(名付け親です) です。
一見すると難しそうな話ですが、実はこれは老化、病気、そして人間の未来の生き方に深く関わる、とても身近な話でもあります。

まず、再再度にはなりますが、オートファジーとは何か
難しい言葉を使わずに言うと、オートファジーとは「細胞の中のお掃除とリサイクル」のような仕組みです。
私たちの体は、数十兆個とも言われる細胞でできています。
その一つひとつの細胞の中では、毎日たくさんの活動が行われています。
活動があれば、当然、
- 壊れてしまう部品
- うまく働かなくなった部品
- もう必要なくなったもの
が出てきます。
それらをそのまま放置すると、細胞はだんだん調子を崩してしまいます。
そこで細胞は、自分の中にある不要なものをまとめて回収し、分解し、再び使える材料に戻します。
これがオートファジーです。
つまり、オートファジーは細胞が健康でいるための、基本中の基本の仕組みなのです。

オートファジーがうまく働かないとどうなるのか
もしこの「掃除と再生」がうまくいかなくなったら、どうなるでしょうか。
イメージとしては、
- ゴミがたまったままの部屋
- 壊れた家具を置きっぱなしにした家
のような状態です。
細胞の中に不要なものがたまり続けると、
- 細胞の働きが鈍くなる
- 炎症が起きやすくなる
- 病気の原因になる
といったことが起こります。
実際、オートファジーの低下は
- 老化
- がん
- 神経の病気
- 生活習慣病
など、さまざまな病気と関係していることが分かってきています。

そこで登場する「ルビコン」
ここで重要な役割を果たすのが、「ルビコン」というタンパク質です。
タンパク質というと難しく感じるかもしれませんが、体の中で働く小さな作業員のようなものだと考えてください。
吉森先生の研究チームは、このルビコンがオートファジーを止める役割を持っていることを発見しました。
つまり、
- オートファジーが「アクセル」だとすると
- ルビコンは「ブレーキ」
のような存在です。
ブレーキ自体は、悪いものではありません。
車にブレーキが必要なように、体の中にも調整役は必要です。
問題は、年齢を重ねるにつれて、このブレーキが強くなりすぎてしまうという点です。

ルビコンが増えると、何が起こるのか
研究によって、年を取るにつれてルビコンの量が増えていくことが分かってきました。
ルビコンが増えると、
- オートファジーが十分に働けなくなる
- 細胞の中に不要なものがたまりやすくなる
- 結果として、体の機能が衰えていく
という流れが生まれます。
これは、「老化は仕方がない」という考え方を少し違った角度から見せてくれます。
つまり老化の一部は、細胞の掃除機能がブレーキをかけられている状態とも言えるのです。

吉森先生が「人間の未来のカギを握る」と語る理由
吉森先生はご著書の中で、ルビコンの研究が「人間の未来のカギを握るかもしれないタンパク質」と述べられています。
それはなぜでしょうか。
もし将来、
- ルビコンの働きを適切に弱める
- オートファジーを再び元気にする
ことが安全にできるようになれば、
- 健康な期間を長く保つ
- 病気になりにくい体をつくる
- 年齢を重ねても生活の質を保つ
といった可能性が見えてきます。
これは「不老不死」の話ではありません。
「どう生きるか」「どんな状態で年を重ねるか」という、極めて現実的なテーマです。

すぐに治療に使われる話ではありません
ここで大切なことを一つお伝えしておきます。
ルビコンの研究は、すぐに薬になる、すぐに治療が変わるという段階ではありません。
生命科学の研究は、
- 発見
- 理解
- 応用
- 安全性の確認
という長い時間を必要とします。
しかし、
「なぜ老化が起こるのか」
「なぜ体は弱っていくのか」
という問いに対して、具体的な仕組みが一つずつ明らかになってきているという点に、大きな意味があります。

私たちの日常と、どうつながっているのか
オートファジーは、実は日常生活とも無関係ではありません。
例えば、
- 食事の取り方
- 睡眠
- 体を休める時間
などが、オートファジーの働きに影響することが知られています。
これは、「○○をすれば若返る」という単純な話ではありませんが、
体には自分を整える力が、もともと備わっているという事実を教えてくれます。
ルビコンの研究は、「人は年とともに壊れていくだけの存在ではない」という見方を、静かに支えているのです。

おわりに
生命科学の話は、ともすると専門家だけのものになりがちです。
しかし、ルビコンとオートファジーの話は、私たち一人ひとりの生き方や、老いとの向き合い方に深く関係しています。
体の中では、今日も
- 掃除をしようとする力
- それを止めようとする力
がせめぎ合っています。
そのバランスをどう理解し、どう社会に伝えていくか。
それは、医療者だけでなく、私たち市民一人ひとりにも関わるテーマではないでしょうか。
吉森先生の研究は、
「人間は、まだ自分の可能性を十分に理解していない」ということを、静かに教えてくれているように思います。

