私も昔から幾度となく経験をしてきた、組織においてしばしば見られる「心理的拘泥現象」について、できるだけ丁寧に、具体例を交えながら説明いたします。今回は便宜的に「心理的拘泥現象」という言葉を用いますが、むつかしい用語!的ではなく、組織の現場で実感される実態を的確に表す概念として考えます。あくまでも私の経験が基本となっていますので、学問や学術解釈的とは齟齬があるかもしれませんが、ご容赦ください。

心理的拘泥現象とは何か

心理的拘泥現象とは、「その慣習や仕組みが不合理である、あるいは不要であると頭では理解していても、長年の経験や人間関係、組織文化への同調圧力などによって、それを手放すことができない心理状態」、およびその状態が集団として固定化されたものを指します。

個人レベルで見れば、「変えた方がいいとは思うが、今さら変えるのは面倒だ」「自分が言い出すと波風が立つ」「これまでこうやってきたのだから」という心理が働きます。これ自体は誰しもが持ち得る、ごく自然な心の動きです。しかし、これが組織レベルにまで拡張されると、問題は一気に深刻化します。

組織における心理的拘泥現象の最も厄介な点は、当事者たちが「拘泥している」という自覚をほとんど持っていないことです。むしろ、「組織を守っている」「伝統を大切にしている」「安定を重視している」という肯定的な自己認識の中で、その状態が正当化されてしまう点にあります。

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■ なぜ組織で起こりやすいのか

組織には、時間の経過とともに独特の文化や慣習が蓄積されていきます。これらは本来、組織運営を円滑にするために生まれたものですが、環境が変化しても見直されないまま残存すると、次第に「目的」と「手段」が逆転していきます。

例えば、本来は会計の透明性を確保するために導入された煩雑な承認プロセスが、いつの間にか「前例踏襲の象徴」となり、誰も全体像を把握していないまま継続されている、というケースがあります。合理性を失っているにもかかわらず、「昔からそうだから」という理由だけで残り続けるのです。

特に上位団体や連合体組織では、 ・構成員が多く、意思決定が分散する ・責任の所在が曖昧になりやすい ・内部批判が「和を乱す行為」と見なされやすい といった条件が重なり、心理的拘泥現象が温存・強化されやすくなります。

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■ 具体例①「分かっているが、やめられない会議」

多くの組織で見られる典型例が、形骸化した会議です。

参加者の多くが「この会議は意味が薄い」「資料は事前に共有すれば済む」と感じているにもかかわらず、会議そのものは惰性で続けられます。なぜなら、 ・中止を提案することで責任を負いたくない ・年長者の顔を立てる必要がある ・会議に出ていること自体が“仕事をしている証拠”になる といった心理が働くからです。

ここで重要なのは、誰一人として「この会議が素晴らしい」と本気で思っていないにもかかわらず、集団としては維持されてしまう点です。これこそが、心理的拘泥現象が組織化した状態と言えます。

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■ 具体例②「改善提案が歓迎されない組織」

表向きは「自由闊達(かったつ)な議論」を掲げていながら、実際には改善提案を行う人が浮いてしまう組織も少なくありません。

提案そのものの内容ではなく、 ・「なぜ今それを言うのか」 ・「それは誰の立場を脅かすのか」 ・「前任者を否定することにならないか」 といった“空気”が先に評価軸となってしまうのです。

このような環境では、次第に構成員は「考えること」よりも「察すること」を優先するようになります。その結果、組織全体の意思決定は安全側に偏り、問題が先送りされ続けます。これもまた、心理的拘泥現象が意思決定を脆弱化させる典型例です。

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■ なぜ「最悪な現象」なのか

心理的拘泥現象が組織にとって最悪なのは、問題が表面化しにくい点にあります。外部からは「大きな問題はなさそう」に見え、内部でも「何となくうまく回っている」という錯覚が生じます。

しかし実際には、 ・新しい担い手が育たない ・現場の疲弊が蓄積する ・環境変化への対応が遅れる といった形で、静かに組織の活力が失われていきます。

そして限界が来たときには、もはや小手先の改善では対応できず、組織そのものの信頼や存在意義が問われる事態に発展します。その段階になって初めて「なぜもっと早く手を打たなかったのか」という後悔が語られるのです。

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■ 心理的拘泥現象とどう向き合うか

完全にこの現象をなくすことは、正直に申し上げて困難です。人が集まる以上、心理的な慣性は必ず生じます。

重要なのは、 ・「今のやり方は目的に合っているか」を定期的に問い直す仕組みを持つこと ・異論や違和感を「攻撃」ではなく「資源」として扱う文化を育てること ・役職や立場から一度距離を置いて議論できる場を意図的に設けること です。

そして何より、「気づいている人がいる」という事実そのものが、組織にとっては最後の希望でもあります。私はこれまで複数回そのような現象に抗い、結局はいづれの組織からも離れた経験があります。それは決して逃避ではなく、心理的拘泥現象に飲み込まれなかった一つの判断であったと思っております。

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このこと組織に関わる多くの方が、「自分たちの足元を見直すための鏡」となれば幸いです。

心理的拘泥現象は、声高に主張されることもなく、静かに組織を内側から蝕みます。その存在を言語化し、共有し、意識に上らせること自体が、すでに重要な一歩であるとおもいます。