―スローガンを実体化するための視点―

 「人にやさしい社会」という言葉を聞いてずいぶん経ちますが、このワードは多くの場面で使われています。しかし、この表現は便利な一方で、しばしば“中身の見えないスローガン”として使われてしまいます。誰も反対しない言葉だからこそ、かえって曖昧さが残り、「結局どういう状態の社会を目指すのか」が分からなくなるのです。そこで今回は、この言葉に具体的な輪郭を与えるために、いくつかの例を挙げながら「実際に人がやさしいと感じる社会とはどんな社会なのか」を考えてみたいと思います。

■1 “やさしさ”は本来、他者に合わせて変化するもの

 まず大前提として、「やさしさ」は固定した形を持ちません。年齢、状況、能力、心の状態によって必要なやさしさは異なります。元気なときは自立を尊重してほしいと思い、弱っているときは寄り添いを求めます。発達障害やAPDのある人は環境ノイズの少なさを「やさしさ」と感じますし、認知機能が衰えた人にとっては、急かさない(せかさない)口調が何よりの「やさしさ」になります。

 つまり、“画一的な施策”だけでは人にやさしい社会は作れません。個々の状態を前提にした仕組みや配慮があってこそ、人は初めて「やさしい」と感じるのです。

■2 例①:病院の窓口で生まれる“見えない壁”

 たとえば、身近なところで、先日も切実な問題として感じたところの、病院の受付での場面を考えてみます。
 コロナ禍以降、マスクの着用が当たり前になりましたが、APDのある人にとっては、口の動きが見えないことが大きな困難になりました。周囲の雑音がある受付では、ただでさえ聞き取りに苦労します。「もっとはっきり話して」「ちゃんと聞いてください」と叱られれば、心は萎縮し、必要な情報を伝えられなくなってしまうでしょう。逆に、「マスクをされているのだからもう少し大な声で、それと、周囲もうるさいのだから考慮した対応を!」と、強い口調で言いながら前を見るとカスハラ防止の立て札。何かがおかしいですよね。

 もしそこに、
筆談ボードの常備
「ゆっくり話します」「聞こえにくい方はお知らせください」という掲示
受付職員へのコミュニケーション研修(場合によってはドクターも含む)
といった仕組みがあればどうでしょうか。たったそれだけで、当事者にとっては“命を扱う場所での恐怖”が“安心して頼れる場所”へと変わります。

 これは「やさしさを設計する」一例です。
 “困っている人に気づいたら助ける”という個人の心がけも大事ですが、それだけでは社会全体の質は上がりません。制度や設備、研修など、環境としてのやさしさを整えることこそ、社会のスタンダードを変えていく力になります。

■3 例②:孤独な高齢者が安心して寄れる「居場所」

 日本では高齢者の孤独が年々深刻になっています。
 「話し相手がいない」「頼れる人がいない」という状態は、本人が思っている以上に健康に影響します。人は孤立すると自尊心が下がり、判断能力さえ低下することがあるからです。

 そこで効果を発揮するのが、地域にある“誰でも立ち寄れる場”です。
 たとえば、商店街の空き店舗を使って「寄り道ステーション」を作り、
・特別な手続きなしで自由に立ち寄れる
・話したい人は話し、黙っていたい人は黙っていていい
・地域の多世代が自然に混ざるイベントを企画する
といった場があれば、孤独は大きく和らぎます。

 ここで大事なのは、「福祉施設」と呼ばないことです。
 “弱者を守る場所”というラベルを貼ると、来づらくなります。
 むしろ、“地域のあたりまえの空間”として存在するほうが、人は気軽に寄れます。当団体も本年の1月、そのような場を兼ねた「場所」を図面化、計画いたしました。最終的には予算的に折り合わず断念しましたが、近い将来、実現を夢見ております。

 人にやさしい社会とは、「困ったときに特別な勇気を必要としない」社会でもあります。

■4 例③:働く若い世代が息苦しさを感じない職場

 中堅〜若手世代は「メンタルの消耗」に敏感です。しかし、これは弱さではありません。
 現代は仕事の密度が高く、情報量も多い。過労に陥りやすい構造が整っているため、健康管理自体が難しくなっているのです。

 人にやさしい職場とは、
・“根性論の指導”をやめ、対話をベースにしたマネジメントを行う
・相談しやすい心理的安全性を確保する
・効率化や業務分担を組織的に行い、個人に過度な責任を乗せない
・ライフステージの変化に応じた働き方を柔軟に選べる
といった特徴があります。

 これは単なる甘さではなく、長期的に企業の生産性を上げる戦略です。
 「やさしさはコストではなく投資である」という発想の転換こそ、現代社会が必要としている視点だと思います。

■5 例④:医師と患者が“対等に話せる”医療

 医師と患者のコミュニケーション不足は、多くの二次的な問題を生みます。
 説明が理解できなければ治療が継続できず、信頼関係が崩れれば不安が増幅され、症状さえ悪化することがあります。

 “人にやさしい医療”とは、
専門用語を使わず説明する技術
・患者の生活背景を前提に話す姿勢
「分からなければ聞き返してほしい」と明言する習慣
医療者側の“忙しさ”に患者が遠慮しなくてよい構造
などを備えた医療です。
 これは特別な才能ではなく、教育と訓練で十分身につけられます。
 つまり、個々の医師の“人柄任せ”にしない仕組みこそが、やさしい社会を形づくるのです。

■6 結局、「人にやさしい社会」とは?

 ここまで例を見てきて分かることは、「人にやさしい社会」は何か特別な社会ではないということです。
 むしろ、次の3つの要素が整っている社会だと私は考えています。

① 多様な人が前提になっている社会
 標準化された「普通の人」を想定せず、個人差を当たり前として扱う社会です。

② 困ったときに遠慮せずに頼れる社会
 制度・設備・仕組みとして“助けを求めやすい設計”がなされている社会です。

③ 互いの主体性と尊厳が守られる社会
 相手を弱者として扱うのではなく、対等な存在として尊重する視点が根底にある社会です。

 この3つが揃ったとき、初めて“抽象的なスローガン”は現実のものとして息づきます。
 やさしさは「気持ち」だけではなく、「構造」「環境」「仕組み」として具体化されて初めて力を持ちます。

■7 最後に

 「人にやさしい社会」という言葉がぼやけて見えるのは、そこに“多様な人の具体的な姿”が描かれていないからです。しかし、当事者の生活の中に目を向ければ、“やさしさの形”は無数に見えてきます。社会とは、人の集合体です。人が変われば社会が変わり、社会が変われば人の生きやすさも大きく変わります。

 抽象的な理想から一歩進み、目の前の人の生活に寄り添う視点を持つこと。
 その積み重ねこそが、本当の意味で「人にやさしい社会」をつくっていく道だと考えています。