
——異論も交え、オートファジーの文脈からひもとく——
加齢とともに「以前ほどやる気が出ない」「何をするにも腰が重くなった」という感覚を持つ方は少なくありません。ある意味では誰もが体験する“当たり前”の変化なのかもしれませんが、その仕組みや背景を丁寧に見ていくと、単なる「年を取ったから」で片づけられない奥行きが見えてきます。
加齢とやる気の関係について、異なる立場からの意見も取り上げながら、当サイトでは何度も取り上げている、近年注目されているオートファジーの観点も交えて考察していきます。

1.「やる気」が減退すると言われる理由
●生理的なエネルギー低下
身体は年齢とともに代謝が低下し、筋肉量も減少します。こうした変化はATP(細胞が使うエネルギー)の産生力の低下にもつながり、「よし、やろう」と気持ちが湧いても、実働に必要なエネルギーが足りないという状態が生まれます。このギャップが“やる気が出ない”と感じさせるのです。
●脳内報酬系の変化
やる気に大きく関わるのは、脳の報酬系、特にドーパミンの働きです。加齢によりドーパミンの分泌量は自然に減少すると言われ、これにより「何かを始める力(発動性)」が下がりやすくなります。
ただし、これについては異論もあり、ドーパミンが減ること自体よりも、新しい刺激への感受性が下がることが原因ではないかと考える研究者もいます。つまり「経験によってほとんどの物事が新鮮に感じられなくなる」ために、報酬系が動きにくくなるという見方です。
●心理的要因
歳を重ねるにつれて「失敗したくない」「効率的に動きたい」という気持ちが強まる傾向があります。若い頃のように何でも挑戦し、新しいことを始める意欲が自然と削がれていくのはこうした心理的変化によるものです。これは進化論的には「安定を求めるのは生活戦略として妥当」という解釈も可能です。

2.「加齢=やる気低下」は本当に正しいのか(異論)
一方で、「加齢がやる気を奪う」という見方に強く反論する立場もあります。
●経験知による効率化
年齢を重ねると“必要なもの”と“不必要なもの”の選別能力が高まります。すると、やる気が減退したのではなく、価値のないことにエネルギーを割かなくなるだけとも言えます。これは消極性ではなく「選択的な集中」です。
●目的の再構築
若いときには社会的競争の中で「がんばらなければならない場面」が多くありますが、年齢とともに自己理解が深まることで「自分には何が必要で何が不要か」がより明確になります。
この“目的の変化”が、外から見ると「やる気がなくなった」と見えるだけで、本人の内側ではむしろやるべきことが整理されている場合もあるのです。
●ライフステージによる影響
家族構成、仕事の責任、健康状態など加齢とともに変化する環境要因も、「心理的エネルギー」の配分に深く関わっています。これを単純に加齢のせいにするのは、やや短絡的だという意見もあります。

3.オートファジーと加齢、そしてやる気の関係
●オートファジーとは何か
オートファジーとは、細胞が自ら古くなったタンパク質や不良な細胞構造を分解し、再利用する仕組みです。2016年に大隅良典氏がノーベル賞を受賞して以降、一般にも広く知られるようになりました。大隅先生のお弟子さんである大阪大学大学院生命機能研究科教授の吉森保先生も研究者として有名です。
●加齢によるオートファジー機能の低下
研究によれば、オートファジーの働きは加齢とともに低下するとされています。その結果、細胞内に“老廃物”が蓄積しやすくなり、細胞の機能が鈍ります。この現象は筋細胞だけでなく、脳細胞にも影響を与えます。
●脳細胞レベルでの「やる気」への影響
脳の神経細胞が代謝不良に陥ると、神経伝達物質の作動性にも影響が出ます。
具体的には:
- シナプスの可塑性(学習・意欲に関係)が低下
- ドーパミン神経の活動効率が落ちる可能性
- 脳全体の代謝効率の低下
これらはすべて「やる気」の出にくさと関連します。
つまり、オートファジーの衰えは、身体だけでなく**“心のエネルギー”の生産性にも影響を与える**と考えられるのです。

4.「オートファジー活性化」がやる気改善に寄与する可能性
近年、オートファジーを促進する生活習慣が心身の機能改善につながる可能性が指摘されています。
●①軽い空腹状態(16時間断食など)
適度な空腹がオートファジーを活性化させる可能性があることは、多くの研究で示唆されています。しかし、過度な断食は逆にストレスホルモンを増やし意欲低下につながるため、注意が必要です。
●②運動(特に有酸素+軽い筋トレ)
運動は強力なオートファジー促進因子です。また、運動により脳由来神経栄養因子(BDNF)が増え、神経の可塑性が改善するため、やる気の改善効果も期待できます。
●③睡眠
睡眠中、脳は老廃物を排出する「グリンパティック・システム」が働くとされ、これはオートファジーと相補的な役割を果たしています。睡眠不足は“やる気の低下”を引き起こす典型例です。
●④適度なストレス
過度なストレスは有害ですが、軽いストレスはオートファジーを促進します。
心理学の「ユーストレス(良いストレス)」と同様、成長や活力につながる刺激が一定程度必要です。

5.“やる気”は加齢そのものではなく「代謝と環境の問題」
こうして見てくると、「加齢によるやる気低下」は単純な現象ではないことがわかります。生理的変化、神経伝達、環境要因、心理的変化が複雑に絡み合った結果として生じる多面的な現象なのです。
また、異論の立場からすれば、加齢によって“不要なことをやめる”という賢明な選択が増えただけで、「真のやる気(本質的動機)はむしろ磨かれる」とも考えられます。

6.結論:やる気は「年齢」より「細胞」「心」「目的」の問題
加齢=やる気が減る、という図式は半分正しく、半分誤りです。
重要なのは次の3つです。
- 細胞レベルの問題
オートファジー低下に象徴される代謝効率の衰え。 - 心の問題
ドーパミンの変化、新鮮さの減少、心理的負荷の変化。 - 目的の問題
人生後半では“やるべきこと”の選択がより洗練される。

つまり、“やる気が出ない”と感じたとき、それは単なる老化ではなく、身体と心が新しいステージに移行しているサインとも言えるのです。
そして、オートファジーをはじめ、細胞レベルのケアを行うことで、そのステージをより豊かに生きられる可能性が広がります。
