自分が思っている自分と、他人から見えている自分は違う
~自分では気づかない長所が、自己肯定感と人生の可能性を広げる~

皆さんは、自分がどのような人間だと思っていますか?

几帳面な人、面倒くさがりな人、責任感が強い人、それとも何事にも大ざっぱな人でしょうか。

私たちは、日々の経験を通じて、自分自身についてさまざまなイメージを持っています。しかし、その自己評価は、本当に他人から見た自分と一致しているのでしょうか。

私は以前から、このことに疑問を感じていました。そして、自分自身の経験を振り返ると、自分が認識している自分と、他人から評価されている自分には、意外なほど大きな違いがあると感じています。

この違いを理解することは、単に自分を知るというだけでなく、自己肯定感を育み、自分の可能性を広げるうえでも重要なのではないでしょうか。

1.自分では「ずぼら」、他人からは「几帳面」

私自身、基本的には「ずぼらな性格」だと思っています。

できることなら面倒なことは避けたいですし、自分一人にしか影響しないことであれば、多少は手を抜くこともあります。

ところが、物事をきちんとやらなければ他の人に影響が及ぶとなると、話は変わります。必要であれば時間をかけ、納得できるところまでやり遂げます。

そんな自分を、私はずぼらで、さぼりがちな人間だと思っていました。

しかし、周囲の人からは「几帳面ですね」「物事にこだわる一途な性格ですね」といった評価を何度も受けてきました。

自分の認識と他人の評価が、ずいぶん違うのです。

最初は不思議に思いましたが、考えてみれば、私と周囲の人では、見ている部分が違うのかもしれません。

私は、面倒くさいと思っている自分も、できれば楽をしたい自分も知っています。一方、他人が見ているのは、最終的に私がどのような行動をしたのか、という部分です。

つまり、自分は内面の葛藤まで含めて評価しているのに対し、他人は実際の行動や、その結果を評価しているのです。

この違いに気づいたとき、自分という人間を、もう少し別の角度から見てみる必要があるのではないかと思いました。

2.自分にとっての当たり前は、長所になり得る

私たちは、自分が自然にできることを、特別な能力だとは考えない傾向があります。

約束を守る。任されたことを最後までやり遂げる。相手に迷惑をかけないように考える。

本人にとっては当たり前でも、他人から見ると、それは信頼できる人だと判断する大切な材料になっていることがあります。

反対に、自分では苦手だと思っていることでも、他人から見れば、それほど問題ではない場合もあります。

ここで考えたいのは、自分が感じている苦手意識と、実際に自分ができていることは、必ずしも一致しないということです。

例えば、「私は人付き合いが苦手だ」と思っている人がいたとします。しかし、周囲の人は、その人を「話をよく聞いてくれる人」「安心して相談できる人」と評価しているかもしれません。

本人は、話すことが得意ではないという理由で、自分のコミュニケーション能力を低く評価しているのでしょう。

けれども、人間関係に必要なのは、話のうまさだけではありません。相手の話を聞き、気持ちを理解しようとすることも、大切な能力です。

自分の評価基準だけで判断していると、こうした長所を見落としてしまうことがあるのです。

3.なぜ自分のことは、意外と分からないのか

では、なぜ自分自身のことなのに、正しく認識できないのでしょうか。

一つには、自分の欠点や失敗を、他人よりも詳しく知っているからだと思います。

他人から「責任感が強いですね」と言われても、自分では「いや、取りかかるまでは面倒だった」「もっと早くできたはずだ」と考えてしまう。

周囲が評価している行動よりも、自分の中にある不満や反省を重視してしまうのです。

また、過去に形成された自己イメージが、いつまでも残っていることも考えられます。

若い頃に「自分は不器用だ」と思い込んだ人が、経験を積んで器用に物事をこなせるようになっても、自分自身の評価だけが変わっていないことがあります。

人は成長しているのに、自分を見る目は昔のままなのです。

もちろん、他人の評価がいつも正しいとは限りません。相手の立場や期待によって、評価は変わります。

だからこそ、自分の認識と他人の評価のどちらかを無条件に信じるのではなく、実際の行動や経験を照らし合わせて考えることが重要です。

4.自分と他人の認識の違いが、自己肯定感を育てる

私は、この内面的なギャップに気づくことが、自己肯定感にもつながると考えています。

自己肯定感というと、自分に自信を持つことや、自分を好きになることを想像するかもしれません。

しかし、自分の欠点を認められないことと、自分を肯定することは違います。

面倒くさがりな自分がいてもいい。失敗する自分がいてもいい。それでも、必要なときには責任を果たせる自分がいる。

その両方を認めることが、自分をより現実的に理解することにつながります。

他人から長所を指摘されたとき、「そんなことはありません」と否定して終わるのではなく、「どうしてそう思ったのだろう」と考えてみる。

そこには、自分では気づいていなかった行動や、他人に与えている良い影響が隠れているかもしれません。

自分の欠点を知ることは大切です。しかし、欠点だけで自分のすべてを判断する必要はありません。

自分を肯定するということは、自分の欠点を無視することではなく、欠点も長所も含めて、自分という人間を理解することではないでしょうか。

5.他人の評価を、自分を知るための材料にする

では、どうすれば、自分では気づいていない自分を知ることができるのでしょうか。

まず、他人から受けた評価を、すぐに否定しないことです。

「しっかりしていますね」と言われたら、「そんなことはありません」と返す代わりに、「どんなところを見て、そう思われたのですか」と尋ねてみる。

具体的な理由を聞くことで、自分の行動を客観的に振り返ることができます。

また、自分の行動を、気持ちとは分けて考えることも有効です。

「やる気が出なかった」という気持ちと、「それでも最後までやり遂げた」という行動は、別のものです。

気持ちだけで自分を評価するのではなく、実際に何をしてきたのかを振り返ってみる。

そうすれば、自分が思っていた以上に、さまざまなことを成し遂げてきたと気づくかもしれません。

大切なのは、他人の評価に依存することではありません。他人の視点を借りながら、自分自身への理解を深めていくことです。

6.自分を決めつけないことが、未来の可能性を広げる

自分について「私はこういう人間だ」と決めつけてしまうと、新しい可能性を自ら閉ざしてしまうことがあります。

「私は根気がないから無理だ」「人前で話すのが苦手だから、こうした活動には向いていない」と考え、挑戦する前から諦めてしまう。

しかし、過去を振り返ると、責任を感じた場面では粘り強く取り組んだ経験があるかもしれません。信頼できる人たちと一緒なら、自分の考えを伝えられるかもしれません。

そうであれば、自分に能力がないのではなく、力を発揮できる条件を、まだ十分に理解していないだけなのかもしれません。

自分の弱点を克服することだけが成長ではありません。自分の特徴を理解し、持っている力を生かせる場所を見つけることも、立派な成長です。

自分が認識している自分だけを基準にせず、他人から見えている自分にも目を向けてみる。

それによって、今まで気づかなかった役割や可能性が見えてくるのではないでしょうか。

おわりに

自分が思っている自分と、他人から見えている自分。その二つは、必ずしも一致するとは限りません。

自分にしか分からない内面がある一方で、自分では気づけない長所や、他人に与えている良い影響もあります。

だからこそ、他人の評価に耳を傾けることも、自分自身の経験を振り返ることも、どちらも大切なのだと思います。

私たちは、他人の良いところには気づいても、自分の良いところには気づきにくいものです。もしかすると、自分に対してだけ、必要以上に厳しい評価基準を設けているのかもしれません。

自分を知るということは、自分に点数をつけることではありません。今まで見えていなかった自分を発見し、自分の可能性を狭めずに生きていくことです。

皆さんも一度、周囲の人から言われた言葉を思い出してみてください。

自分では意外だと思った評価の中に、これからの自分をより豊かにする、大切なヒントが隠れているかもしれません。