
~「疲れ」を見える化する新しい医療支援ツールの提案~
「気のせい」という言葉に隠された、患者たちの孤独
「気のせい」という言葉の陰で、孤独を抱える患者たち 現代社会において、「疲れた」と感じることは誰にでもあります。しかし、その中には、十分に休息を取っても回復せず、日常生活や仕事に大きな支障をきたすほどの慢性的な疲労に苦しむ人たちがいます。
例えば、多発性硬化症(MS)をはじめとする神経免疫疾患や、線維筋痛症、慢性疲労症候群(ME/CFS)などの患者さんです。
こうした「目に見えない疲れ」を抱えた患者さんが医療機関を受診すると、検査結果に大きな異常が見つからない場合、「ストレスによる影響ではないでしょうか」「一度、心療内科や精神科で相談してみましょう」と説明されるケースも少なくありません。総合病院「あるある」でもあります。

もちろん、精神的なストレスや心理的負荷が身体へ大きな影響を及ぼすことは医学的にも知られており、そのような診療が有効な場合もあります。
しかし一方で、身体の中で起きている複雑な変化が十分に検討されないまま、「精神的な要因」と整理されてしまうことで、本来の原因へたどり着けない患者さんも存在します。
患者が感じている苦痛と、検査データとの間には、まだ十分に埋められていない「見えない溝」があります。
この溝を埋めることができれば、患者は自分の状態をより正確に医師へ伝えられ、医師も診断や治療の判断材料を増やすことができます。
私は、そのための新しい仕組みが必要ではないかと考えています。
なぜ「疲れ」は理解されにくいのでしょうか 現在の医療は、客観的なデータを基に診断を行う仕組みになっています。
血液検査、画像診断、血圧、心拍数など、数値として確認できる情報は非常に重要です。
一方で、
「身体が鉛のように重い」
「朝から起き上がれない」
「少し動いただけで何日も疲れが残る」
といった患者さんの訴えは、とても重要であるにもかかわらず、数値化することが難しい症状です。

限られた診察時間の中では、こうした主観的な情報だけで原因を特定することは容易ではありません。
その結果、「疲れ」という症状は、心理的要因や自律神経の乱れとして整理される場合もあります。
しかし近年では、多発性硬化症の疲労について、脳の注意機能や神経ネットワークの変化との関連が報告されるなど、「疲れ」は身体・免疫・神経・精神が複雑に関わる症状であることが少しずつ明らかになってきています。
つまり、「疲れ」は決して気のせいではなく、身体が発している重要なサインなのです。
「疲れ」を見える化するという発想 そこで私が提案したいのが、「疲れ」と関係するさまざまなデータを一つの画面で確認できる可視化アプリです。
現在は血液検査の結果やスマートウォッチのデータなど、多くの情報が個別に存在しています。
しかし、それらを横断的に比較する仕組みは十分とは言えません。
例えば、
・ヘモグロビン(酸素を運ぶ血液成分)
・好中球・リンパ球など免疫の状態
・CRP(炎症反応)
・心拍数や心拍変動(HRV)
・血圧
・血糖値
・甲状腺ホルモン
などを一つのタイムライン上で重ねて表示できればどうでしょうか。

症状として、、
「今日は起き上がれないほど疲れている」
と感じた日に、
ヘモグロビンが低下し、
心拍変動も乱れ、
免疫指標も変化していた。
あくまでも、そのような数値がどのように関係するかは専門家でしか分かりませんが、とは言え、
このような相関関係が一目で分かれば、患者にとっても医師にとっても非常に分かりやすい情報になります。 下の図は、「ここ数年、突然激しい疲れに襲われても、30分ほど休憩すると回復する」という、これまでにない症状が出始めたため、過去のデータを「点」から「線」へとつなぎ合わせて表現したものです。ドクターへの説明用として作成したものですが、いざ作ってみると「これは便利だ!」と実感しました。
作成のきっかけは、2年前から本格的にゴルフを再開したことでした。昔のスコアに近づけたいという思いから「よし、真剣にやろう!」と決意したのです。それまでは付き合い程度で、2023年には練習もせずに4年ぶりのラウンドに臨んだのですが、なんと80台で回ることができました。もちろん疲れはなく、往復約100キロの車の運転も問題ありませんでした。
しかし、その後約1年のブランクを経て2024年にラウンドした際、後半残り3ホールのところで突然激しい「疲れ」に襲われ、人生初のリタイアを経験しました。それ以来、今年の6月に至るまで、すべてのラウンドで残り3ホール付近になると「疲れ」や「めまい」に悩まされるようになり、スコアも初心者並みに落ち込んでしまいました。「この原因を究明したい」と考えたことが、データ作成の始まりです。
もちろん、これまでも歩行中に疲れを感じて小休止するといった症状は日常的にありました。ただ、それは持病のせいだと思い込み、主治医には伝えていませんでした。 そこで、過去の各数値をグラフに落とし込んでみたところ、今回の形になりました。 例えばヘモグロビンで言いますと、定期受診の際には一つひとつの結果に対して「その時の体調のせい」で片付けられていましたが、こうして俯瞰してみると、数年間にわたり低値が続いており、時々基準値を割り込んでいることが分かります。心拍数も記載しました。
この図を基に、7月の定期診断時に主治医にお話をしようと思います。

点として存在していたデータが、「線」としてつながることで、新しい気付きが生まれる可能性があります。
可視化によって期待できる三つの効果
① 医師へ短時間で状態を伝えられる 診察時間は決して長くありません。
その限られた時間の中で症状を言葉だけで説明することは簡単ではありません。
しかし、疲れと各種データとの関係をグラフで示すことができれば、医師は患者の状態を短時間で把握しやすくなります。
患者と医師が同じデータを見ながら話し合うことで、より建設的な診療につながることが期待できます。
② 改善策を検討しやすくなる 疲れの原因となっている可能性のある要素が見えてくれば、改善策も考えやすくなります。
例えば、
鉄不足が関係しているなら栄養管理や治療を検討する。
自律神経の乱れが目立つなら、活動量の調整や睡眠改善を中心に考える。
原因が分かれば、より適切な治療方針を選択しやすくなります。

③ 患者自身が安心して療養できる 原因が分からない疲れは、患者さん自身を苦しめます。
「自分が怠けているだけではないか」
「気持ちの問題なのではないか」
そのように自分を責めてしまう方も少なくありません。
しかし、データによって身体の状態が可視化されれば、
「身体に実際の変化が起きている」
ということを客観的に理解できます。
それは自己肯定感を取り戻し、安心して療養に向き合うきっかけにもなるでしょう。
おわりに 「疲れ」は、多くの病気に共通する重要な症状です。
しかし、その原因は一つではなく、免疫、神経、循環、代謝、心理的要因など、さまざまな要素が複雑に関係しています。

私は今回、自分自身で多くのデータを比較・分析し、グラフ化したことで、新しい可能性を実感しました。
「これがもっと簡単にできれば、患者さんも医師も助かるのではないか。」
それが、この構想の出発点です。まさしく患者参加型医療ですね。
現在では、スマートウォッチや家庭用測定機器、オンラインで閲覧できる検査データなど、健康情報を取得する環境は急速に整っています。
これらを連携させ、「疲れ」と各種データとの関係を分かりやすく表示する仕組みは、今後十分に実現可能性があると考えています。
患者さんが自分の状態を正確に伝えられること。
勿論、例えば腎機能やその他組み合わせでの見える化アプリはあるようですが、汎用性が低いのではないかと思います。
医師が限られた診察時間の中でより多くの判断材料を得られること。
その双方を支えるツールとして、「疲れの見える化」はこれからの医療に新しい価値をもたらすのではないでしょうか。
患者が感じる苦痛と、臨床データ。
この二つを一つのグラフで結びつけることができたとき、患者と医療者の対話は、これまで以上に深く、そして温かいものになると私は思います。
