
2020年1月、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムにおいて、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」という目標が掲げられました。
当時の世界は、AIや自動化の進展によって雇用構造が大きく変わることへの備えとして、「学び直し」を急務と捉えていました。
以前、このことは、こちらでも何度もコラムとして発信してきました。
その直後、世界はコロナ禍に入りました。
議論は「未来への準備」から「目の前の生存」へと一気に転換します。
しかし、歴史は止まりませんでした。
アメリカではトランプ政権からバイデン政権へ、そして再びトランプへと政治の振り子が揺れました。
保護主義、グリーン投資、産業政策、地政学的緊張——政策軸は揺れ動き、世界は安定よりも不確実性を深めています。

そこへ、この1~2年の生成AIの爆発的進化です。
特にOpenAIが公開したChatGPT以降、知的労働の領域にまで変化の波が押し寄せました。
これまで「安泰」とされてきた職種までもが再定義され始めています。
単純作業だけでなく、文章作成、分析、設計、相談業務までもがAIの補助対象となりました。
ここで私たちは、ある違和感に直面します。
従来のリスキリングは「新しい技術を学ぶこと」でした。
しかし今、問われているのは本当にそれだけなのでしょうか。
私は、今こそ「精神的リスキリング」が必要だと感じています。
変わるのは仕事だけではない
生成AIがもたらすものは効率化だけではありません。
人間の「役割感」そのものを揺さぶります。
・自分で考えていたつもりの文章が、AIで代替できる
・長年の経験が、アルゴリズムで再現される
・専門性の壁が低くなる
この現実は、静かに自己肯定感を侵食します。この事は誰もが共有していると思います。
さらに地政学的緊張——ウクライナ問題、中東情勢、米中対立——は、世界が一枚岩ではないことを突きつけています。
サプライチェーンは分断され、経済合理性よりも安全保障が優先される時代になりました。
こうした状況下で、「学べば大丈夫」という単純な物語は成立しません。
だからこそ必要なのが、精神のアップデートです。

精神的リスキリングとは何か
私は三つあると考えています。
① 不確実性への耐性を育てる
政治が揺れ、技術が進み、世界情勢が変わる。
その中で「正解」を固定的に求める姿勢は苦しみを生みます。
必要なのは、
「正解が変わることを前提にする思考」です。
変化を恐れるのではなく、変化を通常運転とみなす。
これが第一の精神的リスキリングと思うのです。

② 役割依存から存在価値へ
これまで多くの人は「職業」によって自己を定義してきました。
しかし生成AIは職務内容を揺らします。
ならば、自分の価値を
「何をしているか」ではなく
「どう在るか」へ移行させる必要があります。
誠実さ、信頼、対話力、共感力。
これらはアルゴリズムでは完全に代替できません。
精神的リスキリングとは、
自分の存在基盤を再設計することです。

③ 分断を超える思考
米大統領がトランプ→バイデン→トランプと変遷するなかで、社会の分断は深まりました。
日本でも同様に、意見の二極化が進んでいます。私は以前にリスキリングについてのコラムを発信していたのはバイデン政権時代でした。
地政学的緊張が強まるほど、言葉は攻撃的になります。
しかしAI時代において最も価値を持つのは、異なる意見を橋渡しする力です。
精神的リスキリングとは、「勝つ」思考から「つなぐ」思考への転換でもあります。

捨て去られるもの
・絶対的正解信仰
・肩書きへの過度な依存
・変わらないことへの執着
・他者を敵視する安心感
これらは徐々に機能しなくなると思うのです。
そして、その喪失は痛みを伴います。
しかし、ここから逃げてはならないのでしょう。

医療・社会活動の文脈で
医療も同様です。
AI診断やデータ医療が進むなか、医師も患者も「情報を持つ主体」へと変化しています。
ここで必要なのは、技術だけでなく「対話の再設計」です。
精神的リスキリングが進めば、医師と患者の関係も対等な協働へと進みます。
我々が推進している「知り添う」という概念は、まさに精神的リスキリングの一形態ではないでしょうか。

結論
リスキリングという言葉が静かになった今、実は本質的な局面に入っています。
技術の進歩は止まりません。
政治も揺れます。
地政学も緊張を続けます。
そのなかで問われるのは、あなたはどう在るか。
これが精神的リスキリングの核心と思います。
スキルの更新は外側の問題。
精神の更新は内側の問題。
外側がこれほど速く変わる時代に、内側が旧式のままであれば、必ず歪みが生じます。
今こそ必要なのは、知識の再教育ではなく、自らの内面の様々な覚悟の再教育なのかもしれません。
