今日は、どうにも調子が出ない。
朝起きた瞬間から身体が重く、頭もはっきりしない。
何かをしようとしても気持ちが追いつかず、結局ほとんど何もできないまま一日が終わってしまう。
そんな日、誰にでもあると思います。

少しマニアックになりますが、引退宣言から復活を宣言した吉田拓郎氏の曲で「ガンバラナイけど いいでしょう」という曲があります。まさしくそういう自分自身への曲です。良ければお聞きください。リンク先はYouTubeです。

私はこれまで、多くの患者さんや当事者の方と話をしてきましたが、「今日は何もできなかった」という言葉ほど、申し訳なさそうに、そして自分を責めるように語られる言葉はありません。
まるで、元気でいられなかった自分は価値がない、とでも言うように。

でも、私は思うのです。
調子が悪い日にも、ちゃんと意味はあるのだと。

私たちはいつの間にか、「元気であること」「動けること」「役に立つこと」を当たり前の基準にして生きています。
調子が良い日は良い日。
調子が悪い日は、できれば早く忘れてしまいたい日。
そんなふうに、無意識のうちに線を引いてしまってはいないでしょうか。

けれど、病気や不調を抱えながら生きていると、その線引きは簡単にはいきません。
調子の良い日より、悪い日のほうが多い時期もあります。
「今日も何もできなかった」という日が、何日も続くことだってある。
そんなとき、人は自分に問いかけます。
「自分は、何のために生きているのだろう」と。

私は、その問い自体が、とても人間らしいものだと思っています。
そして、その問いが生まれるのは、調子が悪い日だからこそ、なのです。

元気なとき、私たちは意外と自分のことを振り返りません。
予定をこなし、人に会い、やるべきことをやっているうちに、一日が過ぎていきます。
それはそれで素晴らしいことですが、自分の内側に静かに目を向ける時間は、案外少ないものです。

一方、調子が悪い日はどうでしょうか。
動けない分、考えてしまう。
感じてしまう。
「このままでいいのだろうか」「自分は何を大切にしたいのだろうか」と、心が立ち止まります。

それは決して、後ろ向きな時間ではありません。
むしろ、人生にとってとても大切な“点検の時間”なのだと、私は感じています。

何もできなかった一日でも、
「今日はつらかった」と自分で認めた。
「本当は助けてほしかった」と気づいた。
「誰かの言葉に救われた」と思い出した。

それだけで、その日は“空白”ではありません。

私たちはつい、「何かを成し遂げた日」だけを価値ある日にしようとします。
けれど、成し遂げることだけが人生ではありません。
感じること、気づくこと、立ち止まること。
それらはすべて、次に進むための大事な準備です。

調子が悪い日に、自分を責めてしまう気持ちも、よくわかります。
私自身、そういう日には「もっとできたはずだ」「怠けているのではないか」と、強烈に思ってしまうことがあります。
でも、そんなときこそ、こう言ってあげてほしいのです。

「今日は、これでよかった」と。

回復には、直線はありません。
三歩進んで二歩下がる、どころか、
進んだと思った翌日に大きく後退したように感じることもあるでしょう。
それでも、その揺れの中で、人は少しずつ自分の扱い方を覚えていきます。

調子が悪い日は、あなたが弱いから起こるのではありません。
生きているから、起こるのです。

どうか、今日一日を「失敗」や「無駄」にしないでください。
たとえ横になって過ごしただけの日でも、
その時間は、あなたの身体と心が「生き続けるため」に使った、大切な時間です。

元気な日も、そうでない日も、どちらもあなたの人生です。
そして、調子が悪い日にも、ちゃんと意味はあります。
今は見えなくても、その意味は、きっとあとから、静かに立ち上がってきます。

今日はそれだけ、覚えておいてもらえたら十分ですと書きながら、私にもそう言い聞かせております。