
~勝ち負けより大切な“伝わる対話力”について~
学生時代に身につけておくと社会人になってからも応用できる力はいくつもありますが、その中でもとりわけ重要だと私が感じているのが「対話を通じて自分の考えを的確に伝える力」です。社会に出れば、会議やプレゼンテーション、意見交換の場など、人と話しながら物事を進める場面が数多くあります。ところが、どれほど知識や経験があっても、自分の意見を相手に伝え、共感や理解を得られなければ、物事は前に進んでいきません。

そうした現実を踏まえると、学生のうちから「議論の場」に慣れておくことは大きな価値があると私は思います。中でも、“ディベート”という明確なルールのもとで議論する経験は、他では得にくい実践的な学びをもたらしてくれます。とりわけ、反論されたとき、あるいは自分の主張をどう整理して伝えるかという点において、ディベートの経験は非常に有効です。社会に出ると自分の意見が批判されたり、否定的な意見が飛んでくることは日常茶飯事ですが、そのときに感情的にならず、戦略的に説明する力は、訓練しておいて損はありません。このことは学生のみならず、社会人も同様かと思います。
では、ディベートで「困らなくなる」ためには、どのようなポイントを押さえればよいのでしょうか。勝ち負けを超えた本質的なディベートの価値、そして私の経験から得た“秘訣”をお伝えしたいと思います。しかしながら、いつものように、『私見』です。

1.ディベートは「勝ちに行く場」ではなく「伝える練習の場」
ディベートと聞くと、「相手に勝つ」「論破する」というイメージが先に浮かぶ方も多いかもしれません。しかし、実際の社会で必要とされるのは、相手を言い負かす能力ではなく、「誤解なく伝え、理解を得るスキル」です。ビジネスの現場で“論破”してしまえば、その後の関係性が壊れてしまうことすらあります。
ディベートの本質は、むしろ「論点を整理する力」「筋道を立てて説明する力」「反論を想定しながら話す力」の3つを鍛えるトレーニングにあります。これらは社会に出た後、ほぼすべての仕事で必要とされる能力です。
勝つか負けるかを目的にしてしまうと、どうしても感情的になったり、相手を攻撃する方向に議論が進みがちです。しかし、ディベートは本質的に「互いの主張を比較し、より筋道が通っているかを評価する」場です。つまり、自分を成長させるためのプラットフォームなのです。

2.自分の意見を強くするのは“相手の意見を理解する力”
ディベートを始めたばかりの学生に多いのが、「自分の主張を強くするには、強い言葉を使えばよい」「感情を込めて熱く語れば説得力が増す」といった誤解です。しかし、経験を積むほどにわかってくるのは、説得力の源泉は「理解の深さ」にあるということです。
相手の意見を丁寧に理解し、その弱点や背景を把握したうえで、自分の意見を再構築する。このプロセスこそが、自分の主張を圧倒的に強くします。単に言葉を強くしても、論理が薄ければすぐに崩れてしまいます。逆に、相手の主張をいったん受け止め、その前提を見直し、ズレを指摘するような冷静なアプローチは、聞く人に深い納得を与えます。
ここで大切なのは、“反論するために相手を聞く”のではなく、“理解するために聞く”という姿勢です。この姿勢が身につくと、日常会話でも相手の意図が読み取れるようになり、誤解や衝突が大幅に減ります。

3.反論されたとき「詰まらない人」になるためのコツ
ディベートでは必ず反論されます。むしろ、反論される前提で準備をすることが重要です。反論されると感情的になってしまう人もいますが、実はそこが腕の見せどころです。
反論された時に困らなくなるための秘訣として、以下の3点を挙げたいと思います。
(1)先に“弱点”を把握しておく
どんな主張にも必ず弱点があります。その弱点を自分で理解しておくと、相手の反論に動じなくなります。「その点については確かに弱点だが、別の角度から見ると〜」といった再構築ができるからです。
(2)反論を“攻撃”と捉えない
反論を個人的な攻撃と捉えてしまうと、感情的な応酬になりがちです。しかし、ディベートはあくまで論点の比較です。反論は自分の考えを強くする材料であり、むしろ歓迎すべきものだと考えてみると気持ちは軽くなります。
(3)短く、構造化して返す
反論への返答は長くなりすぎると説得力が弱まります。
- 結論
- 補強理由
- 再主張
この3段階で返すことで、聞き手にわかりやすく伝わります。

4.“勝つ”とは、相手と聞き手を納得させること
ディベートでの“勝ち”は、相手を言い負かすことではありません。むしろ、第三者が聞いた時に「確かにこちらの方が筋が通っている」と納得できる構造を作れるかどうかにあります。
そのために必要なのは、単なるスピードや強い表現ではなく、構造化された説明力と、聞き手への配慮です。聞き手がついてこられない議論は、どれだけ内容がよくても評価されません。社会に出るとこの感覚は特に重要で、「相手に合わせた説明」が信頼関係構築の鍵となります。

5.ディベートが社会で役立つ理由
ディベートの経験は、社会に出てからも幅広く活かせます。
- 会議で意見を求められたとき、瞬時に論点を整理して話せる
- 反対されたときでも、冷静に説明し直せる
- プレゼンで聞き手の理解を得る構造が作れる
- 対人関係で感情的なすれ違いを減らせる
とりわけ、意見が食い違った時に「相手を尊重しながら、違いを説明できる」力は、どの職場でも重宝されます。これはディベートの訓練を通じて、自然に身についていくスキルです。

6.勝ち負けよりも大切な“自己理解”と“他者理解”
ディベートで最も重要なのは、勝つことではありません。議論を通じて、自分の考えを深く知り、同時に相手の価値観も理解していくことです。これは、自己理解と他者理解を深めるプロセスであり、それ自体が大きな成長につながります。
また、ディベートを続けていると、自分がどんな時に感情的になりやすいか、どんなタイプの反論に弱いかといった“心理的な癖”も見えてきます。こうした自己洞察は、社会で働く上で非常に役に立ちます。

おわりに
ディベートで困らない秘訣とは、実のところ「勝つ技術」ではなく、「自分を成長させる姿勢」と「相手を理解する余裕」にあります。学生時代にこうした経験を積むことは、社会に出たときに大きな財産になります。私自身、議論の場に何度も立つ中で、反論は怖いものではなく、自分を強くする材料なのだと実感するようになりました。

勝ち負けにこだわらず、対話を楽しみ、相手を尊重しながら自分の考えを伝える練習をする。この積み重ねが、社会で求められる“伝わる対話力”につながると私は考えています。
