日本における「所得と効用(幸福度)の関係」に関するデータは、特定の年収を超えると幸福度の増加が鈍化または止まるという現象を示しています。一般に年収800万円を超えたあたりから、所得の増加が幸福度の向上に与える影響が薄れるとされています。このような現象は、「幸福の飽和点」とも呼ばれ、経済心理学の分野ではよく議論されるテーマの様です。今回は、これをテーマにしたいと思います。

所得と幸福度に関する主要な見解

基本的ニーズの充足:ある一定の収入までは、生活の基本的なニーズ(食料、住居、健康維持など)を満たすための支出が優先されます。このような必需品の確保は、生活の安定感や精神的な安心をもたらし、幸福度に直接寄与します。しかし、これ以上の収入を得ても、それが生活の質や心理的な幸福度に直結するとは限りません。

相対的な幸福感の減少:年収が高くなると、経済的な安定が手に入る一方で、新たな収入の増加が直接的な満足感を与えにくくなることが指摘されています。例えば、収入が800万円を超える層では「さらなる収入アップ」よりも「仕事のやりがいや人間関係」が幸福に影響を与える要因として重要視される傾向が強まります。

社会的比較の影響:日本においては特に、他人と自分の生活水準を比較することが幸福感に影響を与える傾向があります。一定の収入に達した場合、他人との比較が幸福感を左右しやすくなり、「周囲と同等かそれ以上でありたい」という感情が幸福感の維持・向上に関わってきます。

非経済的要因の重要性:年収が一定水準を超えると、幸福度は「収入」に依存しにくくなり、「健康」、「家族・友人との関係」、「自己実現」といった非経済的な要因の影響が強まります。このため、800万円を超える収入がある場合、幸福度をさらに向上させるには経済的な要素以外に焦点を置く必要が出てきます。

日本特有の要因としては、社会的な期待や仕事に対する文化的なプレッシャーも影響を与えていると考えられますが、そこを深堀してみますと・・

  1. 「集団意識」と社会的な同調圧力
    日本社会には、他人と「同調」することや、社会から「浮かない」ことが重視される文化があります。高所得であることが社会的ステータスと捉えられる反面、周囲と自分を比べて「もっと稼がなければならない」というプレッシャーを感じることが多く、年収800万円を超えても満たされない感覚を持つ場合があります。この「周囲に見合った生活を維持しなければならない」という感覚は、消費や生活水準を高める方向へと向かわせる一方で、幸福度の安定を妨げる要因になり得ます。
  2. 仕事に対する高い責任感と役割意識
    日本の企業文化では、社員に対して高い責任感と忠誠心が期待され、特に管理職や専門職では「経済的な見返り以上の貢献」が求められがちです。高所得層は、役職に伴う責任が増え、残業や出張などの拘束時間も長くなることが多いです。このように、年収が増えるに連れて、生活が仕事中心になりがちなため、幸福度の向上に繋がりにくいという状況が生まれます。
  1. 「生涯雇用」文化と長時間労働のプレッシャー
    日本では「生涯雇用」や「年功序列」の文化が根強く、特に大手企業では終身雇用が標準とされてきました。長時間労働や頻繁な残業が当たり前とされ、過労が問題になるほど働くことが前提の企業も少なくありません。高収入であっても、長時間労働や仕事優先の生活によって、自由や充実感が損なわれやすく、幸福度を下げる要因になり得ます。
  2. 「世間体」への敏感さ
    日本社会では「世間体」、つまり他人からどう見られているかを重視する傾向があります。特に高所得層では、所得に見合った生活水準や消費が期待されることがあり、「所得が増えた分だけ高級車や豪華な家を持たなくては」という心理的なプレッシャーが生じることもあります。このような「世間体」に対する配慮やプレッシャーが、自分の価値観よりも他者の視線に基づく満足度の影響を強め、真の幸福度とは乖離する可能性があります。
  1. 自己犠牲の価値観
    日本には、自己犠牲を美徳とする価値観が根強く存在し、特に職場では「自分の時間よりも仕事が優先されるべき」との風潮が根付いています。このため、仕事で得られる所得が増えても「自分のために自由に使う時間」を確保しにくく、幸福感が所得に見合わない場合があります。高所得層の中には「自分の生活を犠牲にしている感覚」を持つ人もおり、幸福感が十分に得られないケースがあります。

こうした要因、日本独自の社会構造や文化的な背景に根ざしており、年収の増加が単純に幸福感につながらない背景となっているのではないでしょうか?