
「凡事徹底」という言葉は、一見するとあまりにも地味で、華やかさに欠ける印象を持たれるかもしれません。しかしながら、この言葉が持つ本質的な価値は、まさに現代社会においてこそ強く求められているものだと、私は感じています。凡事徹底とは、文字通り「ごく当たり前のこと(凡事)を徹底してやり抜く」という意味ですが、それを真に実行するには、高度な意志力と誠実な姿勢、そして継続する力が必要です。

華やかさよりも確かさを
社会が複雑化し、情報が氾濫する現在、どうしても私たちは「目新しさ」や「効率性」「即効性」に惹かれがちです。目立つアイデアや新奇なアプローチが評価されやすくなっている一方で、地道な努力や見えにくい行動が過小評価される傾向も見られます。しかし、本当に成果を上げる人、組織、あるいは社会の土台となっているのは、実はこの「凡事徹底」の精神であることが少なくありません。
例えば、ある一流の料理人は、包丁の手入れを毎日欠かさず、調理台の清掃にも一切の手を抜かないといいます。掃除や整理整頓、挨拶、時間を守る、約束を守る、礼を尽くす――これらはすべて「凡事」に分類されるものでしょう。しかし、こうした日々の積み重ねが「信頼」や「信用」を築き、その人の人格や専門性の基礎となっていくのです。

小さなことをおろそかにしない姿勢
凡事を徹底するとは、単なるルーティンを機械的に繰り返すことではありません。そこには「いま自分がやっていることの意味を問い続ける姿勢」や、「見えない部分にも心を配る感性」が求められます。雑に扱っても誰にも気づかれないような場面で、なお丁寧に行動できる人には、人としての強さが宿っています。
ある看護師の方が語っていた言葉が印象的です。「患者さんの着替えを準備する時も、きれいにたたんでベッドサイドに置くようにしています。それを見て『この人は自分のことを大切に思ってくれている』と感じる方もいるからです」と。そのひと手間は、時間に追われる現場では見過ごされがちですが、まさに“凡事を徹底する”ということの一例でしょう。

凡事徹底が人を育てる
企業経営や組織運営においても、凡事徹底の力は極めて大きいものがあります。特に、部下や後輩を育てる際に、この言葉は真価を発揮します。基本的な礼儀や報連相の徹底、記録の整理、時間管理の徹底、無断欠勤をしない、業務日報をきちんと書く――これらは決して高度なスキルではありませんが、いずれも重要な土台です。
また、凡事を徹底することができるようになると、仕事に対する責任感も自然と高まり、自律的な人材へと成長していきます。そこから信頼が生まれ、任される仕事も増え、自身の成長に繋がる好循環が生まれます。

なぜ今、凡事徹底が見直されるのか
デジタル社会では、スピードと変化への適応力が求められますが、その一方で、土台となる「基本」が置き去りにされている場面も多く見受けられます。メールの誤送信、報連相の不足、準備不足によるミス、時間管理の甘さ――これらはいずれも「凡事」が疎かになった結果として表出する事象です。
また、リモートワークの拡大により、個々人が自律的に動かなければならない環境では、誰かの目がなくても「当たり前のことを当たり前にやる」姿勢が何より大切になっています。つまり、凡事徹底は「自分との約束を守る力」とも言い換えることができるのです。

「特別なことをやる前に、当たり前をやり切る」
凡事徹底をテーマにした言葉の中で、私が好きなのは「特別なことをする前に、当たり前を完璧にせよ」というフレーズです。私たちは、つい「何か特別なことをやって、自分を認めてもらいたい」と思いがちですが、実際に評価される人というのは、特別なことよりも、毎日変わらぬ誠実さと努力をもって臨んでいる人なのです。
野球のイチロー選手も、「小さいことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道」と語っています。まさに、凡事徹底の精神そのものであり、どのような分野であっても成功の本質は変わらないことを示しています。

凡事徹底の先にある「信頼」
最終的に、凡事徹底によって得られる最大の成果は、「信頼」であると私は考えます。派手な成果や一時の評価は、時間が経てば忘れられてしまうものです。しかし、地道な努力を重ねてきた人の「信頼」は、決して簡単に失われるものではありません。
社会や組織が不安定な時代だからこそ、信頼できる人、確かな行動をとる人の価値が際立ちます。凡事徹底は、個人の評価を高めるだけではなく、周囲に安心感や安定感をもたらし、やがては組織や地域社会の信頼基盤を支える力となるのです。

凡事徹底――この言葉には、派手さや即効性はありません。しかし、そこには人として、社会人として、どのように在るべきかという普遍的な真理が宿っています。どんなに世の中が変化しようとも、「当たり前のことを、丁寧に、誠実に、毎日繰り返す」ことの尊さを忘れずにいたいものです。
この言葉の持つ深さに、改めて気づかされた今、「自分にとっての凡事とは何か」「それをどれだけ徹底できているか」を問い直し、小さな行動を大切に積み重ねていきたいと、強く思う次第です。