
― 医療現場と患者団体活動の歩みを通して ―
序章:医療における守ることと変えること
私たちが生きる社会の中で、特に医療の世界は「伝統」と「変革」の狭間にあります。医療は人の命や健康に関わるため、長年培われてきた知識や経験が非常に重視されます。これはまさに「伝統」の力と思うのです。医師が診断や治療を行う際に過去の症例や経験を参考にするのも、伝統があるからこそ安心して判断できるのです。
一方で、医療は技術革新の影響を最も強く受ける分野でもあります。AIによる診断補助や遠隔診療、ゲノム医療など、新しい技術が次々に導入されています。これに対応できなければ、医療機関も患者団体活動も時代から取り残されてしまいます。
つまり、医療現場における「伝統と変革のジレンマ」はとても切実なテーマなのです。数多くある社会のジレンマの中で、ここでは医療現場や患者団体活動の事例を交えながら、このジレンマについて考えていきたいと思います。

第一章:医療における伝統の力
医療の「伝統」とは何でしょうか。それは単に古いやり方を続けることではなく、長年積み上げられてきた知識や信頼の体系を指します。
- 経験に基づく診断の安心感
例えば、ベテラン医師が患者の顔色や話し方を見て「これは危険な状態だ」と瞬時に気づくことがあります。これはマニュアルではなく、長年の経験から生まれた勘や直感です。AIや機械にはまだ真似できない領域であり、患者にとっても大きな安心感につながります。 - 医療文化としての伝統
病院ごとに大切にしてきた「理念」や「文化」も伝統の一つです。「患者第一主義」や「地域に寄り添う医療」といった考え方は、医療従事者の姿勢に反映され、長年にわたり地域住民からの信頼を築いてきました。 - 患者団体活動における支え合いの文化
患者会もまた伝統を持っています。例えば、難病患者会では「体験を分かち合い、互いに支える」という文化が脈々と続いています。先輩患者が新しく診断を受けた人を支える、この流れは過去から未来へと受け継がれる大切な伝統です。

第二章:変革を迫る時代の流れ
一方で、医療の世界は常に「変革」を求められています。
- 医療技術の進歩
遺伝子解析によって病気のリスクが予測できるようになったり、AIが画像診断を補助するようになったりと、技術革新は目覚ましいものがあります。これらを取り入れなければ、最先端の医療にアクセスできない患者が出てしまいます。 - 患者ニーズの変化
昔は「お医者さんに任せます」という姿勢が一般的でしたが、今は「自分も治療方針を一緒に考えたい」と望む患者が増えています。患者会でも「情報を共有し、自分で選択する力を持つ」ことが大切にされています。 - 社会環境の変化
高齢化が進み、慢性疾患を抱える人が増えました。また、コロナ禍では「対面での集まり」や「マスク着用」によって、患者会の活動や当事者の生活が大きく変化しました。これに対応するため、オンライン相談やリモート交流といった新しい形を模索する必要が出てきました。

第三章:ジレンマとしての現実
ここで、医療現場や患者会が直面する「伝統と変革のジレンマ」の具体例を見てみましょう。
- 伝統を重視しすぎるリスク
ある病院では「昔からこの治療法を続けている」という理由で新しい治療を導入しませんでした。しかし結果的に、患者は最新の治療を求めて他の病院へ移ってしまいました。伝統を大切にするあまり、患者のニーズに応えられなかったのです。 - 変革を重視しすぎるリスク
一方で、ある患者会が「これからはオンラインだけで活動すべきだ」と急激に切り替えました。しかし、長年集会に足を運んで顔を合わせることを楽しみにしていた高齢の患者たちは、ついていけず孤立してしまいました。変革を急ぐことで「つながり」という大切な伝統を失ってしまったのです。
このように、伝統と変革の間には常に葛藤があります。どちらか一方に偏ると、必ず弊害が生まれるのです。

第四章:両立の工夫 ― 医療現場の実例
では、どうすれば伝統と変革を両立できるのでしょうか。いくつかの事例をご紹介します。
1. 大学病院の診療改革
ある大学病院では、若手医師がAI診断を導入したいと提案しました。しかしベテラン医師は「人間の経験を軽んじるのか」と反発しました。そこで「AIは診断を補助するだけで、最終判断は人間が行う」と明確に位置づけました。結果、ベテラン医師の経験とAIの分析が融合し、診断の精度が高まりました。

2. 患者会のハイブリッド活動
ある患者会ではコロナ禍をきっかけにオンライン交流会を始めました。ただし「対面でしか得られない安心感」も大切にして、月1回は小規模に集まる場を残しました。結果として、遠方の人や外出が難しい人も参加できる一方、顔を合わせて支え合う文化も守ることができました。しかしながら、そこにはデメリットも存在する事も経験的に分かってきましたが、そこは臨機応援な利用が求められているかと思います。
3. 看護師の役割拡大
従来の伝統的な医療現場では「医師が指示し、看護師は従う」という構造がありました。しかし、慢性疾患や在宅医療が増える中で、看護師が患者と長期的に寄り添う役割はますます重要になっています。ある病院では「看護師による説明・相談外来」を設け、医師と看護師が協働する形に変革しました。結果として、患者満足度が大きく向上しました。

第五章:伝統と変革をつなぐヒント
医療現場や患者会で両立を実現するためのヒントをまとめてみます。
- 本当に守るべきものは何かを考える
形式ではなく「安心感」「信頼関係」といった本質を守ることが大切です。 - 少しずつ変える
一気にすべてを変えず、まずは一部で試し、成果を見ながら広げていくのが現実的です。 - 患者や市民の声を聞く
医療者だけでなく、患者や家族、地域の声を取り入れることで「誰も置き去りにしない変革」が可能になります。 - 物語として伝える
「これまで大切にしてきた支え合いを、オンラインでも実現したい」というように、変革を「伝統を未来につなげる物語」として共有すると理解が広がりやすくなります。

結章:医療における「伝統と変革」の意味
医療現場や患者団体活動は、人の命や生活に直結しています。そのため、伝統を軽んじることはできません。しかし、変革を恐れて立ち止まってしまえば、未来に必要とされなくなります。
大切なのは、伝統と変革を「対立するもの」と考えるのではなく、「互いを生かし合うもの」と捉えることだと思います。伝統は「人に寄り添い続けてきた歴史」であり、変革は「その想いを未来へつなぐ方法」です。
患者と医療者、そして社会が共に歩む中で、過去と未来をつなぐ架け橋をどう築くか。その問いに向き合い続けることこそ、これからの医療にとって欠かせない姿勢ではないでしょうか。